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ネバーエンディング・ストーリー…㉖

田畑修一郎
01 /28 2022
記憶が抜けていた3年間の最後の年に、私はガンになった。
なんだか現実のこととは思えなかった。

不調を訴えて受診した開業医から、
「疑わしいものが見つかったから」と総合病院を紹介された。

入院はすぐ決まった。

夫に電話した。

「病院へ持って行くものを買ったり、
子供たちにお金を置いていかなきゃならないので送金を」
と告げた途端、受話器から怒鳴り声が響いた。

「金ねえんだよ。
寝巻買うくらいの金もないのか。アンタは主婦だろうが!」

「ガンなんて今どき珍しくもなんともないじゃないか!
そんなことでいちいち電話して来るな! このクソ忙しい時に」

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斎藤氏撮影

しどろもどろになって受話器をおいた私に、長男が叫んだ。

「お母さんはなぜ、そんなに遠慮ばかりしてるんだ!
お父さんになぜもっと強く言えないんだ。そんなだから僕らまで…。
つらいのはお母さんばかりじゃないんだよ」

ハッとした。その通りだと思った。

夫から、まるで他人を見るみたいにあしらわれても、
私は何の疑問も怒りもぶつけてこなかった。いくじなしだった。

この年の夏、長男は東京の予備校へ行き父と暮らした。

だが夜になると、「いつもぼく、一人なんだよ」という電話がきた。
それから1週間もたたないうちに帰ってきた。

帰るなり、「これはお母さんが持つべきものだよ」と、鍵を差し出した。
父の部屋の鍵だった。

あのとき長男は遠回しに、
「お母さん、しっかりしろよ」と、背中を押してくれたのに、
ただ、うやむやにするばかりで…。

DSC02978.jpg
斎藤氏撮影

日ごろは偉そうなことを言っているくせに、いざとなると現実から逃げる私。

そう、私はいつも、
その先にある不安や不幸を見たくないという小心者だったのだ。

だから私は気づかないふりをしてきた。そうして不毛の年月を続けてきた。

まるでネバーエンディング・ストーリーではないか。

でももう、限界が来た。

気づかないふりなどというまやかしは、長続きするものではないのだし、
見たくないものでも、どこかできちんと見なくては同じ繰り返しになるだけだ。

ひょっとしてガン細胞は、そんな私の愚かさを覚醒させるために、
この体に巣くったのかもしれないとも思った。

このままでいいわけがない。
いやでも夫と対峙しなければいけないのだ。
だから私は、どうしても死ぬわけにはいかないのだと思った。

でも今は巣くってしまったガン細胞をどうにかしなければならない。
自分が今、闘う相手はあの夫ではなくガンなんだ。

エンデの本に出てきた少年は、大切なものは「本当の愛」だと知り、
「はてしない物語」から現実へ戻ってきたが、私にだってできないことはない。

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それはまず生きることだ。生きて戻ることことなのだ。
夫と対峙するのはそれからでいい。

入院は12月初めと決まった。

そのとき長男は高校三年生。二男は中学三年生。
ともに受験を控えていた。


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雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。