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古だぬき

三ノ宮卯之助
06 /27 2021
長らく町内の方々に、

「なんだかよくわからない大きな石」

と、されてきた「足持石」ですが、変化がありました。

発見から4年目、真新しい説明板が設置されていました。

「あれ? 私が言ったからかな?」

と、斎藤氏の胸に一瞬、希望の火が点りました。

DSCF5138.jpg
東京都台東区浅草・合力稲荷神社

翌年訪れたら、鳥居の一本が折れてなくなっていたけれど立札は健在。

その4年後に行ってみたら、
あらら、説明板の柱が折れて、鳥居に縛り付けられていましたよ。

IMG_7390.jpg

でも境内は掃除が行き届いています。

お正月らしく門松も飾ってあります。

しかし、めでたし、めでたしとばかり言ってはいられません。
この石には謎が多すぎるのです。

刻まれた文字が「弘化」などのように不鮮明なものと、
世話人の名前のように鮮明なもの、というふうに不揃いなんです。

肝心の卯之助の名にしても、名字と名前の彫り具合が明らかに違います。

上の「三ノ宮」は彫りが浅く消えかかっているのに、
下の「丣之助」は、彫りも深く摩滅していません。

「丣之助」は、既存の文字の上から、
後世になって新たに彫りなおしたような感じです。

持 (4)

どうも刻字した時代が二つあるような…。

その理由の一つがこれ、

「下谷 本牧亭 長谷川※」です。

「本牧亭」とは、今の寄席・「上野・鈴本演芸場」の前身です。

この「本牧亭」の開場が安政4年(1857)。
しかし、「足持石」に刻まれている年代は「弘化」(1844~1848)。

弘化の最後の年は1848年ですから、
卯之助がこの石を持ち上げたときには、

まだ「本牧亭はなかった」ことになります。

また、卯之助は「本牧亭」開場の4年前に、すでにこの世を去っています。

このことから、この力石には二つの時代の人たちが関わり、
本牧亭ほか下段の世話人たちの刻字は、追記されたことがわかります。

こんな、たかだか数行の刻字からでも、歴史や人の動きが見えてきます。

「弘化」の刻字を見つけた意義はここにあります。

世話人3

それにしてもタヌキのお腹みたいなこの力石、
後世の私たちをあれこれ惑わして、ポンポコ腹づつみ。

「稲荷神社だけに、私を化かしているのか」と斎藤氏。

そこで一句。

  古狐の化身か力石(いし)の古狸  斎藤呆人

研究資料・ismfileget三ノ宮卯之助「足持石」新発見CIMG1459 (2)



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高島先生ブログ(6月27日)

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コメント

非公開コメント

No title

こんばんは!

稲荷なのに古だぬきとは!

まさに謎々石ですねぇ。面白い( *´艸`)

torikeraさんへ

石の謎解き、もしかしたら私一人が面白がっているのかも。
それにしてもキツネとタヌキは人を化かすって、
ご本人たちにしてみたらいい迷惑ですよね。

「国会議事堂こそ狐狸の棲み処じゃないかい。
もう毎日、化かし合い、とぼけ合いだもんな。
最近は老獪な古だぬきやら古キツネがのさばっててサ。
コンコンチキめ」

これ、私がいったんじゃないですよ。

雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞