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力なし

三ノ宮卯之助
06 /12 2021
現在、卯之助銘の力石は39個。

そのうち年号が記された石は18個で、
年代は文政、天保、弘化、嘉永の4時代です。

顕彰碑から落ちてしまった「弘化」は次回にして、嘉永へ行きます。

●嘉永(1848~1854)のうち、
  嘉永元年(1848)の埼玉県越谷市・三野宮香取神社に2個と、
  埼玉県さいたま市緑区・大門神社。卯之助41歳。

大門神社の卯之助石です。
img20210611_13014030 (3)
酒井正・画

  嘉永2年(1849)の越谷市の三野宮香取神社と、
  山梨県甲府市大田町の稲積神社。卯之助42歳。

三野宮神社には卯之助石が4個ありますが、年号があるのは3個。
卯之助は41歳のとき2個、翌年、また1個を奉納しています。

この嘉永2年には、地元で担ぎ山梨県へもでかけているんですね。
 
完全に職業化しています。

  嘉永5年(1852)の埼玉県桶川市寿の稲荷神社。卯之助45歳。

卯之助の饅頭と桶川稲荷神社のお守りです。
img675 (2)  img756.jpg 

この2年後の嘉永7年(1854)、卯之助は力くらべに招待された関西で、
謎の死を遂げてしまったといわれています。享年47歳。

突然ですが、
訂正です。謎の死の現場は関西ではなく江戸だった!

ブログ記事を見た斎藤氏より、「ちょっと違うよ~」とのご指摘。

「通説では、
とある西国大名の江戸屋敷で日本一の力持ちを決めるため、
大阪方と江戸方の力持ちを対決させたところ、卯之助が勝利。

日本一の力持ちに輝いたその晩、大名屋敷において酒宴。
その帰路、卯之助は突然苦しみだして悶死」

越谷市の郷土史家・高崎力氏の資料にも同様のことが記されており、
「卯之助はどこで死亡し、どこに埋葬されたか、今もってわからない」と。

ホントにとんだ間違いを(。-_-。)

でも埋葬地もわからないって、やっぱりなんかあったんだよなぁ。

いわば迷宮入りの「死体なき殺人事件」。
力持ち話も猟奇的になってきましたが、気を取り直していきます。
 
生家で新しく作り直した卯之助の位牌です。
img799.jpg

その100年後の昭和初期に、マネージャーだった興行師の子孫が、
手づくりの位牌を生家に持ってきたというのですから、

なんともミステリアスです。

それがまた、
後世の人が卯之助に惹きつけられる一因でもあります。

謎を残してこそ英雄ということでしょうか。

卯之助の伝説の一つに、こんなのがあります。

「卯之助は少年の頃は虚弱体質で、
相撲や力持ち大会では勝負する前から弱虫だったので、
村の仲間たちから、力なし、弱虫とあだ名されていた。

絵本に描かれた作太郎も子供の頃は力なしで、
畑を耕せばすきや鍬に振り回され、肥桶を担げば肥桶に振り回された。

img20210611_12594013 (3)
「こうしんさまの力石」野村昇司・作 安部公洋・画 
ぬぷん児童図書出版 1983

あまりの悔しさに卯之助はひそかに練習して体を鍛え、
浅瀬に乗り上げた舟を押し上げて浅瀬から離すほどの力持ちになった」

江戸、明治を問わず、国の指導者たちはこの手の話を好んだから、
似たような話は各地にあります。

川越の渡船場で客が落とした財布を無事、届けた人足に、
「正直であった」と領主が褒美をとらせた話や、
没落した主家のために生涯をささげた下男とか、孝行娘の話とか。

昭和39年の北中新聞に、卯之助のこんな話が載っていました。

「村では祭りに若者たちが集まって、ごちそうの食べ競争をした。
おでこの固さくらいに腹が固くなるのを自慢し合った。

中でも卯之助はいつもトップレベル。
卯之助にかかると、たちまち大釜は空になった。

食べ終わると元荒川の河原で力くらべをやったが、
卯之助はいつも優勝。浅瀬に乗り上げた舟を持ち上げて評判になり、
江戸へも聞こえて、やがて日本一の力持ちになった」

作太郎も努力して、村一番の力持ちになりました。
img20210611_13003523 (2)
同上

卯之助の怪力は、持って生まれた素質+努力と思う方が自然だけれど、

虚弱児童が、周囲のいじめを跳ね返すために努力して、
日本一の力持ちになったと言う方が確かに受けはいい。

ちょっと出来過ぎた話だけれど、卯之助は文句なしの力持ちだから、

良しにしときましょ。


     ーーーーー◇ーーーーー

高島先生ブログ(6月12日)

「三重県伊賀市青山町種生・種生神社」


ーーーーーtorikeraさんへ

桶川市の力石まんじゅうは、これ(焼き菓子)です。

img792.jpg


  力石見て力石なる菓子を食う   高島愼助


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コメント

非公開コメント

No title

こんにちは!

先日やっと越谷に遠征してきました。三野宮香取神社にも出かけました(*^_^*)

こんどは、桶川行って御守りとお饅頭をゲットしてきたいと思っています(笑)

torikeraさんへ

三野宮神社へ行きましたか。
桶川市へもお出かけになって、
ぜひ、「力石なる菓子」を召し上がってきてください。

雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞