FC2ブログ

経歴書を提出せよ

「協力する」という申し出には条件が付いていた。

おどろくべき内容だった。

●経歴書を提出すること。

学歴や職歴が何で必要なのか。
今までそんなことをいう自治体は一つもなかった。上田市っておかしいよ。

●経歴書をもとに許可するかどうかの会議を開く。
 初めは小委員会で。そこで許可されたら今度は大きな委員会で検討する。

なんと大げさな。

そのことについてX氏は、今年3月、改めてこう答えてきた。

「力石の所有者の方に、調査に見える方がどのような方で、
どのような目的で見えるかについて、説明する際の最小限の情報として
必要と考えたからです」

「私はすべての方に同じように対応させていただいています」

「調査の際、私が同行することについて、
組織の中で決済を受けておく必要がございましたから」

私はX氏に同行などお願いしてはいない。

X氏の返答を読んだ私の心はこんな感じになった。
CIMG5577 (2)

力石の調査は、
所有者をお尋ねして断られればそれでおしまいの調査です。
でも力石に関わって10数年、私は一度も断られたことはなかった。

「よく来なさった。お茶でも飲んでけ」と言われて、
縁側で昔話を聞いたり、

その方から新しい力石の所有者をご紹介されたり。

菓子折り持参でお尋ねすると、
「あんた、いちいちそんなことしてたら大変だよ」と言われ、
逆に帰りに、自家製のお茶を持たされたりしたことも。

民俗学者の宮本常一を引き合いに出すのは恐れ多いけれど、
庶民文化の調査は自分の足でコツコツやるしかない。

そこに「組織の中での決済」などという官製用語は必要ないのです。

しかし、仰天要求はまだあった。

●調査の目的は何か。

何かって言ったって、「調査」としか答えられません。

●許可が出ても、申請した日時と場所以外の調査は禁ずる。
 常に私が付き添う。

こういうおかしなことを言ってくるのは、
私が女で、論文もない、どこの学会にも所属していない、
そういう素人のおばさんの、趣味に毛が生えたぐらいのことだから、

そう思われたのかもしれない。

ならばこれは男性の高島先生にお願いするしかない。

先生なら、れっきとした元・大学教授で、力石研究の第一人者だ。

よもや粗雑に扱わないだろうと思った。

だが、その予測は見事にはずれた。


     ーーーーー◇ーーーーー

高島先生ブログ(4月3日)

「福井県坂井市春江町大牧・八幡神社」


にほんブログ村 歴史ブログ 日本の伝統・文化へ
にほんブログ村

スポンサーサイト



コメントの投稿

非公開コメント

No title

「意味もなく力石(いし)より硬い役人ぞ」 (乱)

何をトチ狂って勘違いしたのでしょうね。
勘違いも甚だしい。自分の権益を守るにしても
異常な行動です。
で、今まで書いて、上田市から何も言ってこないですか?
これだけ書かれても異常に気が付かないなんて、
よその某国より閉鎖的な気がします。

No title

登山をやっていたころは長野へよく通いました。また、青春切符で鈍行に乗ってよくうろつきました。中でも上田市は大好きな町でした。夕方、閉門になったお寺さんにお願いして特別観覧させていただいたことも。みなさん、とても親切でした。

渋沢栄一ゆかりの石を問い合わせた私の対応をしたばかりに、なんだか変な方向に行ってしまった相手の方も災難だったかも、とも思っております。今回、私自身の未熟さのせいか。私の中でぬぐい切れない屈辱感が噴き出てしまいました。調査を断念したあと、コロナ禍で完全にその機会を失ってしまいましたので、余計無念で。

No title

相手は何者ぞ!そんな馬鹿な話は無いでしょう。

栄一の力石が泣いています

渋沢栄一の目指したもの、
それは「官尊民卑」(政府・役人を尊んで、人民をいやしむこと)の打破ということが挙げられます。

17歳の栄一が、岡部の陣屋の役人にさんざんに愚弄される話はあまりに有名ですが、それを思い出しました。

現代の化石どこかの役人 官尊民卑の弊止まず
https://eiichi.shibusawa.or.jp/features/jikkenrongo/JR011012.html

半杭正幸さんへ

地元の市民の方から、「こんなにも力石に愛情を注がれて調査研究をされているのに、その気持ちを踏みにじるようなことをしていたことをまずもってお詫びしたい」とのメールを頂戴しました。

以前、上田市はNHK大河ドラマ「真田丸」誘致に、放映の7年も前から、市長を会長に官民一体の大運動を展開しました。放映も終わり熱も冷めてきたとき、今度は「渋沢栄一」の名を告げられて、担当者は舞い上がってしまったのかも。町起こしと地道な文化財調査は、別モノなんですが…。

へいへいさんへ

人々から忘れられてお堂や辻に泥まみれに放置されている力石が、こうしてNHKの大河ドラマに「出演」したり、博物館に展示されたりして陽の目を見た。こんな嬉しいことはありません。放置された力石を見つけては声を掛け、慈しむように写真に収めて公表されているへいへいさんも、同じ思いではないかと思っております。

おっしゃる通り、渋沢栄一の心を忘れた対応だった気がします。私のような「力石バカ」は、放置された石を発見する喜びと記録として残せた安堵感だけで、功名心だのという考えは全くないのです。

今回はたまたま「渋沢栄一がこの村で石担ぎをした」というだけで、その石が渋沢が持った石なんて証拠は何もないのですから、展示品を見る方にはその辺を勘違いして欲しくない、ただ力石を通じて当時の若者たちや村の歴史を見て欲しい、そんなふうに思っております。

プロフィール

雨宮清子(ちから姫)

Author:雨宮清子(ちから姫)
昔の若者たちのスポーツ「石上げ」に使われた「力石(ちからいし)」の歴史・民俗を調査研究しています。力石のことを少しでも知っていただけたら嬉しいです。

フリーエリア
お願い
このブログに掲載されている 写真・記事等には著作権があります。 無断使用はご遠慮ください。
カレンダー
03 | 2021/04 | 05
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
最新記事
最新コメント
訪問者数
ランキングに参加しています
カテゴリ
月別アーカイブ
最新トラックバック
リンク
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QR