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白山久助・南砺物語⑪

南国の相撲の話から、今度は北国のお相撲さんのお話です。

こちらも相撲大国。たくさんの力士を輩出しています。

富山市出身で、明治から大正にかけて活躍したのが、
第22代横綱・太刀山峰右衛門です。

その横綱が後輩たちのために相撲場「太刀山道場」を、
小学校の敷地に残してくれたそうです。

その「太刀山道場」で相撲を始めたのが、
同じ富山市出身の
東大関・朝乃山英樹(平成6年生まれ。近大出身)です。

富山市郷土博物館の「博物館だより」で、
太刀山の錦絵や太刀山道場、その他の力士などをご覧ください。

朝乃山は2019年5月場所で初優勝。このとき、西前頭8枚目。

日本相撲協会の「力士プロフィール」で、可愛い笑顔を見てください。

思わずこちらも笑顔になります。

この初優勝、ものすごい快挙だったんですね。

富山県からは太刀山以来103年ぶり、
三役経験のない力士の優勝は、佐田の山以来58年ぶりとか。

さらに、
来日中のトランプ大統領から、「大統領杯」を授与されたそうです。
トランプさんはババを引いたけど、朝乃山はエースになった。

久々の富山出身のスター誕生です。

それだけここは、相撲の歴史が厚いということなんですね。

そのためか、富山県には相撲力士の立派な碑がいくつかあります。
その一つ、南砺市福光町の「力士 虎林之碑」をご覧ください。

これです。
img20210127_17081335 (2)
富山県南砺市福光町才川。基礎石は盤持ちに用いた力石です。

実はこの「虎林」という四股名の力士、明治・大正の頃には、
大阪相撲に「力松」「久治郎」
京都相撲に「ハゲ虎」こと「直次郎」がいて、

碑の力士はどの人か、私にはサッパリだったので、
ベースボールマガジン社・相撲編集部の方にご教示いただきました。

その結果、
この記念碑の主が「ハゲ虎」でなかったことに、まず安堵(笑)

編集部の方から、
白山久助ではないかな」と。

●明治27年4月、大阪相撲に白山久助の名で入幕。
●同32年6月、虎林久治郎と改名。
●同33年6月に小結。一度平幕に落ち、36年1月、5月、37年にも小結。
●同37年5月限りで京都相撲に移籍。

事前に、富山の図書館から取り寄せた「福光町才川七郷土史」には、
「明治22年、33歳で大阪相撲に入った」とある。

27年入幕のとき、すでに37~38歳。年を取り過ぎています。

編集部の方も、
「白山久助に間違いないはずですが、ただ年齢が…」と。

そこで、「砺波野の草相撲」を特集された
「砺波郷土資料館」へ改めて問い合わせてみました。


このつづきは次回へ。


※参考文献・写真提供/「福光町才川七郷土史」
         福光町才川七郷土史編集委員会 1997
※協力/(株)べースボ-ルマガジン社・相撲編集部・門脇利明氏
 

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昔の若者たちのスポーツ「石上げ」に使われた「力石(ちからいし)」の歴史・民俗を調査研究しています。力石のことを少しでも知っていただけたら嬉しいです。

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