獅子舞王国・南砺物語⑥
富山県には1000以上の獅子舞の団体があるそうです。
ここ南砺市には131カ所の地区に102団体。
とにかくすごい数です。
南砺市からちょっと離れますが、
日本海に面した下新川郡入善町新屋の獅子舞をご覧ください。
こうした獅子舞を、
北海道へ入植した人たちがそれぞれの新天地へもたらします。
北海道には獅子舞を演じる地区が80か所、
そのうち富山県からもたらされたものが42か所。
北海道の獅子舞の半分以上が富山から移入されたというのですから、
いかに「ふるさとへの思い」が強かったかわかります。
獅子舞にもいろいろ特徴があります。
旭川市の獅子舞のほとんどは、この入善町の獅子舞を伝承しているとか。
次にその北海道に根付いた獅子舞をご覧ください。
こちらは南砺市からの移住者によってもたらされた
札幌市・丘珠神社の「丘珠獅子舞」です。
入善町の獅子舞は「二人立ち」といって、獅子の中に一人か二人入る形ですが、
「丘珠獅子舞」は、たくさんの人が入る「百足(ムカデ)獅子」で、
「砺波型」「氷見型」「射水型」といわれるものです。
この獅子を見ていて、ふと、思い出したものがあります。
記者時代に撮影した静岡県掛川市の「仁藤の大獅子」です。
獅子頭の重さは220㎏。胴体の長さは25m。
大きさは日本一だそうです。
獅子に入る人数はムカデもびっくりの約120人。
これが町を練り歩き、夜は天然寺の境内で乱舞です。
120人もの人たちの足がよく揃うものだと感心しました。
当時の新聞の県内版はまだモノクロでしたので、これでご勘弁を。

静岡県掛川市仁藤町の大獅子。
このほかに3頭の獅子が舞う瓦町の「かんからまち」もあります。
余談ですが、この寺には江戸時代のオランダ商館長の墓があります。
玉垣に囲まれたかまぼこ型の墓石です。
この「オランダ・カピタン」は、江戸参府旅行の途中、ここで客死。
仏式で葬式をしたそうです。
戒名は「通達法善居士」
獅子舞の話ばかりで気が引けますので、
入善町新屋で今も続いている「力石による大磐祭り」もお見せします。
興味のない動画って、疲れますよね。
と、気を遣いつつ、3本も強引にお見せしちゃいます。(*゚ェ゚*)
富山県下新川郡入善町新屋・住吉神社
さて、豪快な「大磐祭り」を見ていただいたので、
私も力石の「大ばん振る舞い」といきますか。
北海道の力石、二つほどお目にかけます。
この石たちは郷土資料館という素敵な場所に鎮座しております。
一つ目はこちら。
「石銘 力持石」 130㎏ 寄贈者 島松旭町 野口惣二氏
(説明文 ばんもち石)
「明治時代開拓に汗を流した島松地区の若者が、
この石で力くらべをしたものです。ー略ー
寄贈者の父はこの石を担ぎ上げた力持ちの一人であったそうです」

北海道恵庭市南島松・郷土資料館
もう一つがこちら。
「石銘 ばんだい石」 120㎏(約32貫) 文化二年(1805)と伝えられる。
寄贈者 恵庭市林田 島倉歌吉氏
(説明文 ばんだい石(字不詳)
「今から170年前、鮭、鱒などの漁獲場として栄え、年間四千石の漁獲量の
あった漁太地域で発見されたもの。
当時の若者たちが大勢集まっては力くらべに用いたと伝えられる」

「ばんもち」という名称から、日本海の荒波をものともせず航行していた
「北前船」が浮かんできます。
北前船に乗った北陸の船頭たちの足跡が、ここにも見出せます。
でもね、
こうして置かれた石を見ていると、この私でも思っちゃいますねぇ。
やっぱり力石は、担がれてナンボのものかもって。
なお、現代の力持ち、岐阜の大江誉志氏は、
入善町新屋のあの磐持石を見事に担いでいます。
下記をクリック。動画の上から12段目の左端で見ることができます。
「東海力石の会」
※参考文献/「平成28年度 南砺市獅子舞調査回答結果」
南砺市文化・世界遺産課
/「北海道の民俗芸能一覧」北海道オープンデータポータル
北海道電子自治体共同運営協議会 平成30年11月21日現在
/「道内の獅子舞活動ー富山県・香川県から伝承された獅子舞ー」
浅見吏郎 2013年3月
/「新発見・力石」高島愼助 斎藤保夫 岩田書院 2010
ーーーーー◇ーーーーー
高島先生ブログ(1・12)
「埼玉県桶川市寿・稲荷神社➁」
日本一の卯之助石です。
ーーーーー◇ーーーーー
本日(1・12)、ツバメを見ました。
まだ1月ですよ。静岡県の山沿いでも3cmの積雪。
いくら当地が暖かいからと言っても、飛来、早くないですか。
3羽見ました。エサ、とれるのか心配になりました。
鳥に詳しい方、どうなんでしょう?
近くの沼には、コハクチョウの群れがいるというのに。
こちらは1月4日に撮影したハヤの群れです。
目の前にカワセミが止まりましたが、私に気づいて飛び去って行きました。

当地はただいま、冬と春が混在しております。

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ここ南砺市には131カ所の地区に102団体。
とにかくすごい数です。
南砺市からちょっと離れますが、
日本海に面した下新川郡入善町新屋の獅子舞をご覧ください。
こうした獅子舞を、
北海道へ入植した人たちがそれぞれの新天地へもたらします。
北海道には獅子舞を演じる地区が80か所、
そのうち富山県からもたらされたものが42か所。
北海道の獅子舞の半分以上が富山から移入されたというのですから、
いかに「ふるさとへの思い」が強かったかわかります。
獅子舞にもいろいろ特徴があります。
旭川市の獅子舞のほとんどは、この入善町の獅子舞を伝承しているとか。
次にその北海道に根付いた獅子舞をご覧ください。
こちらは南砺市からの移住者によってもたらされた
札幌市・丘珠神社の「丘珠獅子舞」です。
入善町の獅子舞は「二人立ち」といって、獅子の中に一人か二人入る形ですが、
「丘珠獅子舞」は、たくさんの人が入る「百足(ムカデ)獅子」で、
「砺波型」「氷見型」「射水型」といわれるものです。
この獅子を見ていて、ふと、思い出したものがあります。
記者時代に撮影した静岡県掛川市の「仁藤の大獅子」です。
獅子頭の重さは220㎏。胴体の長さは25m。
大きさは日本一だそうです。
獅子に入る人数はムカデもびっくりの約120人。
これが町を練り歩き、夜は天然寺の境内で乱舞です。
120人もの人たちの足がよく揃うものだと感心しました。
当時の新聞の県内版はまだモノクロでしたので、これでご勘弁を。

静岡県掛川市仁藤町の大獅子。
このほかに3頭の獅子が舞う瓦町の「かんからまち」もあります。
余談ですが、この寺には江戸時代のオランダ商館長の墓があります。
玉垣に囲まれたかまぼこ型の墓石です。
この「オランダ・カピタン」は、江戸参府旅行の途中、ここで客死。
仏式で葬式をしたそうです。
戒名は「通達法善居士」
獅子舞の話ばかりで気が引けますので、
入善町新屋で今も続いている「力石による大磐祭り」もお見せします。
興味のない動画って、疲れますよね。
と、気を遣いつつ、3本も強引にお見せしちゃいます。(*゚ェ゚*)
富山県下新川郡入善町新屋・住吉神社
さて、豪快な「大磐祭り」を見ていただいたので、
私も力石の「大ばん振る舞い」といきますか。
北海道の力石、二つほどお目にかけます。
この石たちは郷土資料館という素敵な場所に鎮座しております。
一つ目はこちら。
「石銘 力持石」 130㎏ 寄贈者 島松旭町 野口惣二氏
(説明文 ばんもち石)
「明治時代開拓に汗を流した島松地区の若者が、
この石で力くらべをしたものです。ー略ー
寄贈者の父はこの石を担ぎ上げた力持ちの一人であったそうです」

北海道恵庭市南島松・郷土資料館
もう一つがこちら。
「石銘 ばんだい石」 120㎏(約32貫) 文化二年(1805)と伝えられる。
寄贈者 恵庭市林田 島倉歌吉氏
(説明文 ばんだい石(字不詳)
「今から170年前、鮭、鱒などの漁獲場として栄え、年間四千石の漁獲量の
あった漁太地域で発見されたもの。
当時の若者たちが大勢集まっては力くらべに用いたと伝えられる」

「ばんもち」という名称から、日本海の荒波をものともせず航行していた
「北前船」が浮かんできます。
北前船に乗った北陸の船頭たちの足跡が、ここにも見出せます。
でもね、
こうして置かれた石を見ていると、この私でも思っちゃいますねぇ。
やっぱり力石は、担がれてナンボのものかもって。
なお、現代の力持ち、岐阜の大江誉志氏は、
入善町新屋のあの磐持石を見事に担いでいます。
下記をクリック。動画の上から12段目の左端で見ることができます。
「東海力石の会」
※参考文献/「平成28年度 南砺市獅子舞調査回答結果」
南砺市文化・世界遺産課
/「北海道の民俗芸能一覧」北海道オープンデータポータル
北海道電子自治体共同運営協議会 平成30年11月21日現在
/「道内の獅子舞活動ー富山県・香川県から伝承された獅子舞ー」
浅見吏郎 2013年3月
/「新発見・力石」高島愼助 斎藤保夫 岩田書院 2010
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高島先生ブログ(1・12)
「埼玉県桶川市寿・稲荷神社➁」
日本一の卯之助石です。
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本日(1・12)、ツバメを見ました。
まだ1月ですよ。静岡県の山沿いでも3cmの積雪。
いくら当地が暖かいからと言っても、飛来、早くないですか。
3羽見ました。エサ、とれるのか心配になりました。
鳥に詳しい方、どうなんでしょう?
近くの沼には、コハクチョウの群れがいるというのに。
こちらは1月4日に撮影したハヤの群れです。
目の前にカワセミが止まりましたが、私に気づいて飛び去って行きました。

当地はただいま、冬と春が混在しております。

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