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義経と韓信

三重県総合博物館
10 /14 2019
「文治二年」の解明に決定打がなく、スッキリしませんが、
参考までに、才丸の句、

     文治二年のちから石もつ   

これを受けて詠んだ次のコ斎の句もあげておきます。

     乱れ髪俣(股)くゞりしと偽らん   コ斎

「芭蕉全集」の校注者によると、句の意味はこのようです。

「力石の持ち競べで乱れた髪を、韓信の故事のごとく、
股くぐりをしたためと偽った」

韓信(かんしん)とは、

古代中国の戦国時代、
劉邦(りゅうほう)につかえ、合戦にあけくれ、
ついに劉邦に天下をとらせた武将。

劉邦=前漢王朝の初代皇帝

劉邦です。
劉邦 (2)

その韓信の故事とは、

貧乏だった若いころ、村の不良に、
「お前は臆病者に違いない。もしそうでないならその剣で俺を刺してみろ。
できないなら俺の股をくぐれ

と言われて、韓信は黙って股をくぐった。
周りのみんなは笑ったが、韓信の気持ちはこうであった。

「ここで相手を斬り殺しても何の得にもならない。
仇持ちになるだけだ。
恥はいっとき。自分には大きな志があるのだから」

その後、めきめき頭角を現わし、
主と仰いだ劉邦に天下をとらせた韓信。

その韓信と、兄・頼朝のために合戦にあけくれ、
兄を将軍へと導いた義経とがどことなく似ているような…。

コ斎が急に「韓信」の名をあげたのも、
「文治二年」からの連想かも、なんて思ったりしたんですけど、

こじつけすぎかなぁ。

ま、それはともかく、コ斎は、

「力石を持ち上げたとき髪が乱れたのを、
韓信みたいに股くぐりしたせいだとカッコつけた」と詠んだ。

重い力石を歯を食いしばって持ち上げたら、
髪を束ねていた元結(もっとい)がゆるんでザンバラ髪になった。

img320_201910130901540f7.jpg
「力石ちからいし」より

それを見た仲間たちが、
「オイオイ、それじゃいい男が台無しじゃないか」と笑った。

そこで若者は照れながらもこう言い放った。
「韓信の股くぐりよ」

そんな情景が浮かんできます。

この韓信、最期は、
謀反を企んだとして一族もろとも殺されてしまいますが、
それも義経の最期とダブリます。

才丸の句にこんなのもあります。

    梅が香に更(ふ)けゆく笛や御曹司

御曹司とは牛若丸、つまり義経のことです。


     ーーーーー◇ーーーーー

      =三国志=

ブログ「平成の世捨て人」さんに、
三国志の人形展の記事が出ています。
韓信や劉邦は出てきませんが、とても興味深く楽しい記事です。

ここにうまく貼り付けられなかったので、リンク欄からお願いします。
9月11,16,24,27日、10月1,6日に掲載されています。


※参考文献/「校本・芭蕉全集」第三巻 連句篇上 富士見書房 平成元年
※画像提供/「力石ちからいし」高島愼助 岩田書院 2011
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コメント

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おはようございます

紹介をありがとうございます。
雨宮さんのように正確さや検証ははありませんが、
遊びの範囲と思っていますのでよろしく。

三国志展の写真はまだ続きがあります。
順次ブログの予定です。

No title

ご了承いただきましてありがとうございました。
横浜中華街での「雙十節」もぜひみなさまに見ていただきたいと思います。

雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞