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牛若丸と弁慶

図書館の蔵書検索で「弁慶」と入力すると、
ずらっと出てくるのは絵本やおとぎ話ばかり。

大人向けの本になると、義経がらみで少々、といった程度。

♪ 京の五条の橋の上 大の男の弁慶が
  長いナギナタ振り上げて 牛若めがけて斬りかかる

太刀をあと一本強奪すれば千本になる弁慶と、
あと一人斬れば千人斬りが達成できる牛若丸が出会ったのが
鴨川にかかる五条橋(清水橋)。

おとぎ話なのに、なんとも身勝手な悪事の世界です。

下の絵は、上杉本「洛中洛外図屏風」の五条橋です。
この橋は観音信仰の清水寺への参詣路だったそうです。

橋の上や手前には清水寺へ向かう女性の集団がいます。

img20190910_20090340 (3)
「上杉本洛中洛外図屏風を見る」からお借りしました。

牛若丸が弁慶のナギナタをかわして飛び乗ったという欄干はないですね。

さて、弁慶を語るには牛若丸、のちの源義経を知らなければ、
というわけで、
先人の著作をちょっと覗いてみました。

この二人が登場するのは平安末期、平家全盛のころ。

源氏の棟梁の父・義朝を平氏の清盛に討たれたとき、
牛若丸はまだ赤ん坊。

母の常磐(ときわ)は、
牛若を懐に抱き、幼い今若、乙若を連れて都落ち。

私が子供のころ、家にこの常磐親子の人形があって、
ひな祭りには御殿飾りと一緒にひな壇に飾られていました。
美しさの中に悲しさを秘めた常磐の白い顔は今も脳裏に浮かびます。

悲劇の母・常磐はその後、清盛の前に引き出され、なんと清盛の妾に。
その清盛との間に女の子をもうけるものの、
すぐに一条長成に再嫁させられ、ここでも男の子を産みます。

連れ子たちはそれぞれ寺へ預けられます。
牛若丸は鞍馬寺へ。11歳のときだそうです。

こちらは鞍馬寺で勉学に励む牛若丸です。
img20190904_16361729 (2)
「保元・平治物語絵巻をよむ」よりお借りしました。

五年後、16歳になった牛若丸(義経)は鞍馬寺を出奔。
陸奥国(岩手県)の藤原秀衡を頼って、奥州へと旅立ちます。

このことから、五条橋での弁慶、牛若の出会いは、
この5年間のどこかということになりますが、
作家の村上元三氏と歴史学者の中村直勝氏の歴史対談では、

「この牛若丸っていうのは、五条橋の弁慶との出会いは面白いのですが、
史実ではどうでしょうかなあ。

ぼくら作家の場合ですと五条橋を書かないと読者が承知しません。
あの話のもとは「義経記」ですから。あとはなんにもありませんから。

それに弁慶という人間がこれまた曖昧模糊。
いたんだかいないんだかわからないのが本当じゃないかと」

この村上元三氏には一度お目にかかったことがあります。

ペーペーの新米編集者だったころ、お宅に原稿取りにうかがったら、
「あんたのような子供を寄越すとはけしからん」と一喝された。

懐かしい思い出です。


※参考文献/「弁慶・英雄づくりの心性史」藤原一成 法蔵館 2002
        /「義経の登場・王権論の視座から」保立道久 
         NHKブックス 2004
        /「歴史対談・平家物語」中村直勝 村上元三 講談社 1971
※画像提供/「上杉本・洛中洛外図屏風を見る」小澤弘 川嶋将生
         河出書房新社 1994
        /海の見える杜美術館蔵「保元・平治物語絵巻をよむ」
         石川透 星瑞穂編 三弥井書店 平成24年


  台風の大変な被害が出ていますが、
  みなさま、ご無事でしょうか。
  一日も早く平穏な日々を取り戻せますよう、祈っております。
 
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安宅の関

石川県の南部、昔は能美郡、今は小松市のちょっと西の方に安宅の関がありました。武蔵坊弁慶が源義経を伴って通行します。ここで待ち構えていたのが金沢市の南の方の富樫山地に居を構えている富樫左衛門。……
ところでほとんど関係はないのですが、富樫山地の麓、加賀平野に下りたところに「柴木」という村(今は町)があるのです。ワタクシ、ヨリックの姓はその柴木。
ワタクシは安宅の関跡にある義経・弁慶の銅像からずっと北、金澤を通って倶利伽羅峠を越え、さらには富山県、今は雨晴(あまはらし)海岸の義経岩まで、歩いたり電車だったり車だったりで通りました。半世紀以上も昔のことです。

おはようございます

安宅関は歌舞伎の名場面ですね。
義経主従の奥州落ちについては、いろんな伝説が各地に残っていますが、史実に乏しくて研究者のみなさんは苦労しているみたいです。

ヨリックさんの名字は集落の名前と同じということは、ご先祖は集落の草分けだったのでしょうか。私は地図を逆さに見る=太平洋を下にではなく、大陸側から日本列島を見ることを覚えてから歴史の見方が変わりました。

日本海海域の文化は深いですね。
プロフィール

雨宮清子(ちから姫)

Author:雨宮清子(ちから姫)
昔の若者たちのスポーツ「石上げ」に使われた「力石(ちからいし)」の歴史・民俗を調査研究しています。力石のことを少しでも知っていただけたら嬉しいです。

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