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広報紙に掲載されました!

埼玉県川越市の広報紙に「力石」が掲載されました。

情報をお寄せくださったのは、川越市在住で、
ブログ「山の彼方に」の管理人さんの安田和弘氏です。

本当に嬉しい!!

「広報 川越」の中のシリーズ「川越時間旅行」に、
「力自慢たちのモニュメント」として、

市内元町二丁目の六塚稲荷神社の力石をご紹介くださったのです。

この神社は、船運が盛んだった新河岸川のそばにあるそうです。

「広報 川越」です。

1広報川越
平成31年3月10日発行 川越市役所広報室 埼玉県川越市元町1丁目3-1  

赤い四角の部分が文化財保護課の方による力石の記事です。

2広報川越

記事を大きくしたのがこちら。
「力自慢たちのモニュメント」
3のあ広報川越
下に続く
3のい広報川越
石の大きさは49×33×15㎝

石刻は、
「懐中石 宝暦十二年三月 高澤町 忍田屋 峰徳七」

「懐中石」とはまた、変わった命名ですね。

たぶん、忍田屋の徳七さん、
「こんくれえの石なんぞ俺にとっちゃ、懐(ふところ)へ入れられるほどのもんだ」
と大見得切って、川越っ子の心意気を示したのでしょう。

実は、徳さん自慢のこの力石、
現在、年次刻字石として川越市最古の石なんです。
※宝暦十二年(1762)

ちなみに、
埼玉県最古の力石は、久喜市樋ノ口の八幡神社にあります。
年号は「懐中石」より130年も昔の寛永九年(1632)。
しかもこの石、日本で一番古い年次刻字石でもあるのです。

埼玉県は力石の宝庫で、なんと日本一が4つも。
力石の数が日本最多、日本一の力持ち・三ノ宮卯之助の出身地、
610Kgもの日本一重い力石がある、そして日本最古の力石を所蔵。

こんなすごい埼玉県の中にあって、
こうして広報紙に載せていただいたのですから、

徳七つぁん、川越っ子の面目躍如。

大見得切った甲斐があったよね!

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非公開コメント

おめでとうございます

力石はもともと試験用だったのですね。

こんばんは

shota様、コメントありがとうございます。

力石の歴史は日本書記に遡るくらい古く、この石は世界中にありました。戦国時代は武将たちが力を誇示するために使ったのですが、今、そうした石が「伝説の石」として各地に残っています。織田信長が上杉謙信に贈ったとされる屏風に、松の木の下で若者たちが弁慶が持ったという「弁慶石」をあげて力比べに興じている場面が描かれていますよ。

石や米俵を使っての力比べが全国的に庶民の間で盛んになったのは江戸時代からといわれています。人力の時代ですから鍛錬のためと仲間同士の娯楽に使われたんです。そんな中から生まれたのが、「力持ち興行」です。木戸銭を取るプロの誕生です。でも江戸っ子力持ちの多くは、酒問屋とか米問屋の従業員として別に生業を持っていたし、お金を取ることにこだわった人が多かったみたいですね。江戸っ子の心意気でしょうか。

石を持ち上げさせて採用不採用を決めたりしたのはずっと時代が下ってからだと思います。大正・昭和のころ、米穀市場で採用試験に使った「再会」石が、現在、流通経済大学に保管されています。
プロフィール

雨宮清子(ちから姫)

Author:雨宮清子(ちから姫)
昔の若者たちのスポーツ「石上げ」に使われた「力石(ちからいし)」の歴史・民俗を調査研究しています。力石のことを少しでも知っていただけたら嬉しいです。

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