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相撲力士と力持ち力士

神田川徳蔵物語
07 /16 2018
ネットにこんなのが出ていた」と知人が知らせてくれた。

それは、
「昭和の怪物・若木竹丸を語れ」と題した掲示板の記事で、
竹丸自身の談話として、こんなふうに書かれていた。

「ある日、世界一と自称する外国の力持ちが、
出羽海部屋で相撲取りと力比べをやるという新聞記事を読んだ。

そこで、もし外国人に負けるようなことがあれば、
国技たる相撲の名誉を傷つけるであろうから、
ぼくが下っ端力士に化けてその外国人と闘おうと協会に申し入れた。

当日、48貫800目の鉄アレイをひっ下げ、
神田川徳蔵氏と飯田一郎君を連れて相撲部屋へ行った。
そのアレイを持って土俵上で寝ざしを披露したら、力士たちも唖然。

若木竹丸の寝ざし。徳蔵の神田川道場にて。
徳蔵アルバム説明2 (5)

かたや外国人力持ちは背中にビール瓶をはさんでそれに紐をつけ
力士に引っ張らせるというただの曲芸だったため、
力比べは無為に終わった」

出典が書かれていないので真偽のほどはわかりませんが、
「翌日の新聞にそのときの写真が出た」とありますから、
徳蔵さん、出羽海部屋へ行ったのかもしれません。

こちらは正真正銘、
相撲の高砂部屋で稽古を見ている力持ちの鬼熊です。

「改正相撲高砂稽古場之図」蜂須賀(歌川)国明。3枚の内の1枚。
img052_20180715081616ff6.jpg

上段右端で腕組みをしているのが鬼熊です。

鬼熊は幕末から明治初期に活躍した力持ちで本名・熊治郎。
豊島屋酒店のタルコロ(酒樽を転がして運ぶのでこう呼ばれた)で、
東京・浅草寺の「熊遊」など20個の力石を残して、明治18年に没した。

鬼熊の隣りの力士は「神田川」
幕末にこういう四股名の力士がいたんですね。

徳蔵が残したアルバムに、
「昭和5年、立浪部屋に入門した三木健一君。力名・神田川」がありましたが、
しかし、三木少年の四股名は「神田川」ではなく「國ノ花」だった。
この「鬼熊神田川が並んだ図」が、徳蔵の中に願望としてあったのかも。

こちらは嘉永7年(1854)正月のペリー来航のときの瓦版です。
アメリカ側からの土産に対してそのお返しはお米。
力持ちたちが米俵を乱暴に投げ込んでいます。

この瓦版(新聞)は、
「物流の父」平原直氏が古道具屋で手に入れたものだそうです。

img051_20180715084535626.jpg

ここにも「鬼熊」がいます。

「ベースボールマガジン社」編集部の門脇利明氏から
この絵に登場する力士たちの地位など教えていただきました。
なお上記の錦絵の情報も門脇氏からです。

右から、
荒馬吉五郎  
  =西前頭筆頭。最高位は関脇。嘉永7年5月18日、46歳で現役死亡。
雲龍久吉
  =東前頭筆頭。柳川藩抱え。のちの横綱免許。年寄り追手風。
鬼熊
長谷川忠吉(のちの年寄放駒)
  =西二段目7枚目(現在の十両)。幕内に入らず終わった。
象ケ鼻灘五郎
  =西前頭4枚目。丸亀藩抱え。のち小結平石七太夫。
    引退後は大阪相撲に戻り頭取(大阪相撲での年寄りのこと)朝日山。
小柳常吉
  =大関。引退後、年寄二代阿武松常吉。安政5年3月、40歳で没した。

平原氏は著書の中で、このときの幕府を辛辣に批判しています。

「アメリカのおどしにムキになって肩をはってみせた。
その道具に、日本人の力持ちを活用した。
日本人は米俵を一人で3俵も4俵も持ち上げることができるが、
お前たちアメリカ人は1俵でへたばっているじゃないか」と。

でもまあ、昨今みたいに、
むやみやたらとアメリカさんにスリスリするのも、

なんだかなぁー

     
        ーーーーー◇ーーーーー

「力士」の呼称について、門脇氏からご教示いただきました。

「力士という呼称は、
明治時代は、主に力持ちに使われていたことが多かったように思う。
新聞には相撲取りの方は「相撲取り」と書かれていることが多かった。
相撲での「力士」の呼称は横綱常陸山が広めたのではないかと思っている」

常陸山谷右衛門(1874~1922)
 父は水戸藩士。武士の魂を持ち続けた品格のある横綱だった。
 東京・亀戸天神社の力石を次々担いだという話もある。(wik)


※画像提供/国立国会図書館
        「人間の知恵」平原直 流通研究社 2000 
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コメント

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おはようございます

ますます眼が離せないようになって来ましたね。
多くの方々からの情報もありがたいですね。
力石に留まらず相撲や重量挙げなどと、
毎回、興味津津です。

お骨折りのことと存じますが、
暑い最中です、ご自愛下さい。


暑いですね~

暑くてへたばっています。
でもエアコンばかりでは、と思い、本日は外へ。
気持ちよく汗をかいてきました。

ブログの話があっちこっちへ飛んで、自分自身の頭がこんがらがってきました。でも読んでくださる方がいてくれるのが、何よりも励みになります。
本当にいつもありがとうございます。

来月は久々の講演。これからパワーポイントに取り組みます。

雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞