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「懐かしい飯田家」

日本重量挙界の草分け、井口幸男が亡くなったのは、
昭和60年(1985)9月。74歳だった。
明治の終わりに生まれ、平成直前にこの世を去ったことになる。

著書「わがスポーツの軌跡」の出版はその翌年となっている。
井口が「人生のほとんどを占めた」と書き残した重量挙げの生涯を、
ご遺族が遺稿集として自費出版したものと思われます。

戦地から帰還した翌年の昭和15年、
井口は慶応義塾普通部へ教員として就職。
そのころの井口氏です。

戦時中で高価な用具が買えないため、トロッコの車輪を使った。
img047_2018071007025995d.jpg

井口が著書の中で、たびたび触れているのが飯田家との交流です。

本の小見出しに「懐かしい飯田家」と付けたのも、
それだけ、この一族とは強いきずなをもっていたからでしょう。
こんなことが書かれていました。

「神田の秋葉原には都民の米の集積所があった。
そこには古いのれんを持つ飯定組があり、
飯田徳蔵氏はその元締めで、
多くの人夫を使って集積所の仕事をされていた。

徳蔵氏は暇さえあれば、子分を連れてどこへでも出かけて行き、
その土地にある名代の力石を次から次へと差し上げたという。
そして最後に残った横綱石を征服すると、介添え人に命じて石屋に頼み、
自費でその日の年月日と自分の名を刻みこませ、
神社仏閣に奉納したと聞かされた」

井口が慶応義塾へ就職した昭和15年は、
神武天皇の即位から2600年目にあたる「紀元節」として、
各地で祝賀の行事が盛んに行われた。

徳蔵も「紀元節」を祝う力石を奉納しています。

CIMG3852 (4)
東京都千代田区神田須田町・柳森神社 100余×68×24㎝

  「百度石 皇紀二千六百年建立 
        神田川徳蔵 大工町惣吉 足受」


※参考文献・画像提供/「わがスポーツの軌跡」井口幸男 私家本 昭和61年

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雨宮清子(ちから姫)

Author:雨宮清子(ちから姫)
昔の若者たちのスポーツ「石上げ」に使われた「力石(ちからいし)」の歴史・民俗を調査研究しています。力石のことを少しでも知っていただけたら嬉しいです。

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