ハマリますよ!

某ブログに書かれていた
「碑背面には高砂や榊原、馬術の草刈庄五郎らの名があります」
を確かめるべく幸龍寺へ飛んだ埼玉の斎藤氏。

その日のうちに結果がもたらされました。
「やっぱりなかったですよ。ブログ記事は勘違いかフェイク」

力石や力持ち碑などは注目度が低いので、
それを採り上げてくださるのは本当に有難いのですが、ちょっと困惑。

というわけで、斎藤さん、ご苦労様でした。
でも何事も無駄にはしない斎藤氏です。
ちゃっかり、別の発見を持ち帰りました。

これです。「東助碑」前方の敷石に刻まれた刻印です。
DSCF0466.jpg

斎藤氏がなぜ、この刻印に目をとめたかと言うと、
ワタクシメが「魔除け(呪符)の本を読め読め」とそそのかしたからです。
もともと路上観察を手掛けていた斎藤氏、たちまち術にハマリました。

もう10年ほど前になります。
ある城の研究者の講座へ出かけた私、
その先生が「城の石垣の刻印は大名の家紋」と言い切ったので、

「城の石垣には意味不明な刻印が多い。
魔除け、鬼門除けの呪符や石工の符牒
という観点から考えることも必要ではないか。
城の石垣には地蔵墓石石臼などが魔除けとして埋め込んであるし、
もともと家紋も魔除けや縁起のいい印から成り立っているわけですから」

とまあ、余計なことを言ってしまって…。
ムッとなった先生、「面白いこと言うね」とだけ言ってそっぽを向いた。

確かに、静岡市の駿府城石垣の刻印も、
昔の本には「そこを担当した大名の家紋である」としている。
で、前々から私はそれはおかしいと思っていたのです。

こちらは近くの神社の石垣で見つけた刻印です。
CIMG1107.jpg

「丸に中」とも見えますが、「丸に十」が正しいように思いました。
ちなみに、伊東市宇佐美の石丁場には、「丸に中」の刻印があります。

で、「丸に十字」の刻印は、たいてい薩摩藩・島津家の家紋だとしています。
「いやいや、隠れキリシタンの印だ」との説もありますが、
ややこしくなるので、ここでは割愛。

でもこの「丸に十字」は薩摩藩・島津家家紋とは関係なく、
山の災いから身を守る「護身の符」という意味もあるのです。
よく見かける刻印なので、
「薩摩藩」という考えはいったん捨てて眺めると面白い発見があるかも。

こんな印、見たことありませんか? 「九字」という呪符です。
目がいっぱいあるから、この目を魔が恐れて退散するというわけです。
で、この九字を越えた力を持つのがというわけで、
だから「十」「丸に十」は、より強い呪符とされています。

無題

ここにはこんな刻印もあります。

CIMG1108.jpg

一般的にいうとこの刻印は、
紀伊和歌山藩・浅野家の家紋です。
でも呪符の三つ星かもしれないし、ほかの意味があるのかもしれません。
梅の花みたいにも見えます。

下の絵は「五芒星」(左は六芒星)といいます。世界中にあります。
静岡県伊東市の仏現寺の屋根瓦にもこの印があります。

この寺には、力持ちの大島伝吉が持った「大傳石」がありますが、
その石の世話人の一人が本町東助の弟子・忠蔵です。
ちなみに「東助碑」の発起人に伝吉がいないのは、
東助より早く亡くなったためです。

また、この五芒星、第二次大戦の折りには、
「弾丸除け」として軍帽につけていました。
星

で、駿府の町から遠く離れたこんな僻村に、
なんで刻印された石があるかというと、
「ここの石が駿府城の石垣用に使われたから」ということになっています。

だから山の中にこんな「矢穴石」が今もあります。
ここは江戸時代、石を切り出した「石丁場」だったのです。

CIMG1388.jpg

上でご紹介した刻印の神社は、この山の下の神社で、
ここにも矢穴石が残されています。
ここまで運んできたけれど、途中で放棄したものと思われます。

CIMG1106.jpg

30年ほど前、土地の古老に、
「本当に駿府城の石垣に使われたのでしょうか?」と聞いたら、
「ここのは石質がもろくて、城の石垣には使えなかったらしい」と。

真偽のほどはどうなんでしょう。

確かな記録としては、はるかに時代が下った宝永のころの名主日記に、
「駿府城の石垣用に出したのに使ってくれなかったので、
府中の寺の敷石用に買ってもらい、あとは捨ててしまった」とあります。

これは宝永の大地震で崩れたときのことで、家康築城のころではないようです。

また幕末のころ、
「用水路の石垣用に出したけど挫折してしまった」ともあります。

この神社に残る石はそのときのものではないかと思います。
ならば石の刻印は大名の家紋とは無関係ということになります。

だから私は、これは石工たちが自分たちの安全祈願のために刻した呪符や、
自分たちだけに通じる符牒ではないかと思っています。

こちらは神社入り口にほったらかしになっている石です。
地元で、ここに刻印の石があることを知っている人はほとんどいません。
残念です。みなさん、駿府城の石垣は見に行くのに…。

CIMG1104.jpg

またもとんだ横道に逸れましたが、
でも魔除けの印にこだわるのは古今東西、世界共通です。
寺社のみならず鉱山や山仕事の場、漁船、農機具、海女さんの衣装、
日用品や幼児の着物、家具とあらゆるところに「呪符」はついています。

これを探すのも力石同様、想像力をかき立てられてすごく楽しいです。

私が城の石垣は呪符と教えられたのは「陰陽五行説」の本でしたが、
わかりやすい格好の本がありますのでご紹介しておきます。

「かたちの謎を解く・魔よけ百科」岡田保造 平成19年 丸善
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九字を切る

九字を切ることは泉光院のような山伏はしょっちゅうやっているようです。
ワタクシも暇なときには適当な呪文を唱えて眠気覚ましにやるのです。
本当は、臨兵闘者皆陳列在前(りんぴょうとうしゃかいちんれつざいぜん)を唱えながら横縦横縦…とやるのですが。

No title

九字は中国から伝わったようで、それが仏教や修験道、陰陽道それから日蓮宗などに「九字之大事」として取り入れられたみたいですね。お不動さんの火渡りにいきますと、修験者が「エイエイエイ」と空中で九字を切ります。

この九字の省略化したのが井で、だから護摩壇も井戸の枠もこの形ですよね。東助碑がある幸龍寺は日蓮宗なので、探せばまだまだありそうな気がします。ちょっと前まで呪術の古い本を持っていたのですが、手放してしまいました。

こんにちは

日本は城に限らず、神社仏閣などは多くの石積みがありますね。
仰るように、多分大きな石で目立つところでは、
大名の功績にするのか家紋を彫ったのでしょうね。

普通の石には、石工や施主などの願いかも知れません。
あるいは、石工たちの信仰等もあったのでしょうね。

姫の研究には頭が下がります。
また、石垣や石の像など見るときに楽しみが増えました。
寺や神社ではいろいろと発見があれば嬉しいです。

こんばんは

人間が恐れたりすることは、洋の東西を問わず同じなんだなあとつくづく思います。紀元前から星マークを土器につけたり朱色は生命再生や悪魔退散の色だったり。

私は今、玄関のドアに「十団子」というお守りをぶら下げています。これは東海道の難所「宇津谷峠」に鬼が出て人の生き血を吸う、これ、日本初の吸血鬼伝説ですが、これを旅の坊さんがまず「大きくなれるか」と鬼を挑発し、「でも豆粒ほどの小ささにはなれまい」といったら、鬼はなれると姿を豆ほどに変えた。それを坊さんが一飲みにして退治した話から魔除けになったものです。

神社やお寺などへ行くと、草むらや敷石ばかり見て歩くので怪しまれます。

SSL SLではない」

こにゃにちわ

IE11でブログを開けるときっちりセキュリティ保護のサインが出ていますね。
よかったよかったこれで安心です。

No title

ちい公さま

てこずりました。
ブログランキングのバナーの貼り換えに四苦八苦。今朝の4時までかかりました。ほんのちょっとしたところでケツマズいて。

で、2時間だけ寝てお出かけ。隣町の図書館で過ごし帰宅後、また少しいじっていたら苦労して貼り換えたのを消してしまい、またバタバタ。記事下に貼ることもわかりましたが、今回はもう疲労困憊でこれでひとまずオシマイです。

とはいうものの、ランキングのある項目でゼロが続いているのあったので問い合わせたら、「ユーザーの不正アクセス(クリック)の疑いがあって止めた」とか。なんだろこれとまたまた気になって。気にせず記事に専念します。
プロフィール

雨宮清子(ちから姫)

Author:雨宮清子(ちから姫)
昔の若者たちのスポーツ「石上げ」に使われた「力石(ちからいし)」の歴史・民俗を調査研究しています。今、「力石からバーベルへの道」を書いています。

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