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文弥まつり・でくの舞③

白山市東二口(ひがしふたくち)の人形、裸にするとこんなふうになっています。
十字に結んだ心串に首(かしら)を差し込んであるだけで、
手も足もありません。

33 人形の説明 (2)

これに衣装を着せて人形遣いが一人で動かします。
これを一人遣いといいます。

ここから発展したのが文楽で、こちらは3人で動かしますから三人遣い。
語りは延宝・元禄のころ一世を風靡した「義太夫節」。
東二口の浄瑠璃(でくまわし・でこまわし)は「文弥節」です。

この違いが新旧の分かれ道で、
それゆえ、東二口の浄瑠璃は「古浄瑠璃」と呼ばれています。

現在、この古浄瑠璃が残されているのは全国で5か所。
●白山市の2ヵ所(東二口・深瀬新町)=加賀文弥
●鹿児島県=薩摩文弥
●宮崎県=日向文弥
●新潟県=佐渡文弥

こちらは終演後に出てきた「野呂間(のろま)人形」です。たぶん…。
間違っていたらごめんなさい。

40

「のろま」は江戸のころ、野呂松という人形遣いが操った道化人形です。
アドリブで会場をわかし、ちょっとエロチックなことも言って、
最後にすっぽんぽんになったりしたそうです。

東二口にはこの「のろま人形」が三体残されているようですが、
「頭平めにして青黒き顔色の賤気なる人形」(声曲類纂)とありますから、
その一体がこれではないかと。

で、このときばかりは「おひねり(投げ銭)受け付けます」というので、
会場から次々と投げられました。
私もティッシュにお金を包み、ギュイとひねって投げ込みました。

「賤気なる」ー。確かに。いやしい目つきのオッサンです。
44

この日の上演は「五段」をはしょって1時間半。これでも結構長い。
昔の人はこれを一晩中見ていたんですね。
神楽でも田遊びでも夜が明けるまで演じたのはなぜかって思うんです。

で、民俗調査書には、ただ「娯楽のない山村だったから」とか
「博打ばかりやっているからその矯正のため」なんて説明していますが、
私はそれはちょっと違うように思っています。

村にはもともと、それらを受け入れる素地があった。
初めは宗教的、呪術的に受け入れ、それが娯楽へと転化していった。
そして一番肝心なことは、これが「ライブ」であったこと。

つまり演者と観る側が一体となって、その場を楽しめた。
この「楽しめた」というワクワク感が一番大事ではないか、と。

この日は終演後、楽屋へ招き入れてくださった。
人形も自由に触らせていただきました。

楽屋

子供のころ見た「大衆演劇(ドサまわり)」の芝居では、客席から、
「おーい、うしろに刀もった奴がいるぞ! 気をつけろー!」と声がかかる。
すると役者は二ヤリとして「おお、ありがとよ」と。

次の場面になると今度は役者のほうから、
「うしろに怪しい奴はいないかい」と客席に尋ねる。
芝居小屋の客は大爆笑。

泥臭いけど、まさにライブ。

その大衆演劇の役者さんたちと小沢昭一氏。
img088_20180318125410f89.jpg
「季刊・藝能東西・野分雲号」新しい芸能研究室 1976より

「ライブ」ついでに、余談です。

こんなことがありました。
あるママさんコーラスの発表会で指揮者が突然、演奏を中断して
「そこの人たち、うるさい! 今すぐ出ていきなさい」と怒鳴った。

で、毎回、義理でチケット買わされていた私、密かにうそぶきました。
「客を怒鳴る前に、実力のなさを恥じろ」って。

かたや某有名テノール歌手のコンサートでは、
歌い終わったと勘違いした客がいっせいに拍手したら、
その歌手はにっこり笑って、
「みなさん、ちょっとお待ちください。まだ続きがあるのです」と。

で、そのとき私、思ったんです。
「なぁんだ。みなさん、通のような顔していたのに、
実は何にも知らないんじゃないの」って。

ママさんコーラスの客は一気にしらけ、テノール歌手の会場は
一気に盛り上がったことは言うまでもありません。

「ライブ」とは生(なま)を味わうこと。生を味わうということは、
楽しさを「強制」することではなく「共有」することだと思うのです。

私も「おのの姫」を持たせていただきました。
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佐渡の「のろま人形」はすっぽんぽんになったあと、舞台で放尿までした。
この「のろま人形」だけは、ちゃんとそれがついていたそうです。

で、そのおしっこ(水)をかけてもらうと子供が授かるというので、
子のない女性は喜んで浴びたと伝えられています。

現代人には奇異に映るかもしれませんが、こうした人形芝居一つでも、
まさに暮らしや人生と密接につながっていた証しではないでしょうか。

紀元前のエジプトでは巫女は呪術に神の形代(かたしろ)として、
糸に吊るした男根像を、また日本でも平安時代には
傀儡(くぐつ)女の百太夫が同じことをして歩いたそうです。

糸あやつり人形の起源はここからとも言われています。

男性のみなさん、自信持ってね(^-^)/ 神さまなんですから。
ただし、糸で吊るされた…。

世界の主流はこの「糸あやつり」だそうですが、
でも、東二口の人形たちの動きは、なんだか昔、NHKで見た
「ひょっこりひょうたん島」の糸人形たちと重なりました。

歴史民俗資料館の外では、
「でくの舞」に出演・協力した金沢工業大学の学生さんたちが、
一列に並んで見送ってくれました。

CIMG4187.jpg

ありがとう、みなさん!

生きた歴史、永久(とわ)に!


<つづく>
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いい物を観て

楽しかったでしょう。
北陸の田舎ではいまでもこういうのがあるのですよ。
小澤昭一、永六輔と言った人たちも戦後、金澤の東本願寺別院(金澤では一番大きいお寺)で巡回でお喋りに廻ったりしていたのでした。

余談ですけれども、金沢工業大学のこと。
ワタクシの金澤で就職した仕事場は金沢大学工学部電気工学科で、そのとき京藤先生という人が学部長をしていて、その後退職して、金沢工業大学の初代学長として学校を立ち上げたのでした。
ワタクシの親友であった横山サン(死んでしまった)はヨットの名手だったので、この学校のヨットクラブのコーチとして、輪島(石川県最北端の港町)で学生たちにヨットを教えていたのでした。

金澤の町は(きっとお感じになっただろうと思いますが)、とても面白い町です。
時々お出かけになって日本の古い文化の一端を見て下さればいいな、と思っております。

Yorickの独り言でした。

本当にいい町でした

行く前は雪のことばかり心配していましたが、行ったらすっかり忘れてはまりました。これもすべて友人の綿密な計画のおかげで、いろんなところを見たり体験したりと本当に贅沢な旅でした。

ヨリックさんは金沢工業大学ともご縁がおありなんですね。学生さんたち、本当に一生懸命でした。新興住宅地で育った私の次男坊が昔、言ってました。「新興住宅地なんてつまらない。祭りもない伝統の行事もないじゃないか」と。だからこういう古浄瑠璃に出会った学生さんたちは幸せだと思いました。

大昔、能登へ行きました。朝市なんかものぞいたりして。
金沢も何回か行きましたけど、たいてい気候のいいころで、単なる観光です。またちょこっと出かけてみたいと思っています。

人の心

観光などと言って風景を眺め旨いものを食べるだけではつまらないです。
面白いのは人の心。
昨日もGemサンとお喋りしてきたのでしたが、ギリシャ・ローマ時代(このあたりはGemサンの領域)から、江戸時代(これはyorick)、使う道具などは変わっても、人の心は殆ど変わっていない。
アベ・アソウのような人も、今も昔もいるのだし、それらに反対する人も同じようにいるようだ。

ほんとうに

道具は変わっても人の心は変わらないー。

でも時として人の心は変わるので戸惑います。
人心荒廃ということも過去にも何度か。

私は寂れた商店街を見るといつも思うのですが、ちょっと前までは一つの地域に魚屋も八百屋も洋品屋もあって、それで世の中が動いていた。でも今は荒廃でしょ。なんでかなあと。

昔の大工さんは家の新築を任されると、古い家の使える部分をみんな取っておきました。実家にはそうした木材で大工さんが作ったベンチなんかがありました。
そういう資源再生と創意工夫をしなくなった社会って本当に健全なのか、本当に高度な文化文明社会なのかって。

今回、金沢でどっぷり昔の「日本」と向き合ってきて、何か大切なモノを日本は失くしつつあるのではないかと、そんな思いにかられました。

こんにちは

今回の金澤詣では最高でしたね。
ブログを見ながら羨ましく思いました。
姫を親切に案内や接待の素晴らしさに感心です。

他所に出かけるときは、地元の人の案内ですが、
計画的に行事も入れるのは、たいしたものです。

金澤は、噂に違わず素晴らしいと思います。
冬に出かけるのは勇気がいりますね。

民芸などはその土地に根付いて歴史と伝統が残り、
今も後継者の人の努力が実るようにと。

東京の新しい町や、団地群は歴史も伝統も無く、
最近は「阿波踊り」「ソーラン」などが盛んです。
東京も田舎はまだ古い祭りもいくらか残っているようで、
温故知新の言葉を大事にしたいです。

あ、余談ですが、もう60年ほど前などは、
地元(目黒区でした)の祭りで漫才など、
かなり下ネタがあったようで、
子供には分からない事も言ってたようでしたが・・・



「国鉄」並み

少しオーバーにいうと、1秒の狂いもなく発車する「国鉄」並みのスケジュールでした。友人は長い間、登山をしていますし時間の配分が上手なんです。それに伝統を重んじる方なのでいろんなこともよくご存知なんですね。

スケジュールが盛りだくさんでしたので私は1か月ほど滞在したような気分になりましたが、正味1日半。でも疲れもせずただ楽しかったです。

古いものを残していくって本当に難しいと思います。時がたつにつれて型にはまってしまうんですね。今、国の文化財になっている盆踊りでも、最初は都の風流に魅かれて真似をして、そのうち自分たちでも新しい踊りや唄を創出していたのが、時と共にだんだん一つの形式ができてくる。

そうなると今度はその形式を守るためだけに踊るようになる。踊りは洗練されていって芸術の域に達しますが、本来の盆踊りの生命力が失われてしまいます。伝統芸能はそこが弱みだと思います。民俗調査書の芸能がつまらないのはそんなところにあるのかと思います。娯楽が学問になっちゃうんですから。


人の心

今も昔も人間なんていい加減なもので、それぞれ好い部分も悪い部分も持っていて、時と場合によってコロコロ変わっているものなんで、そんな所が変わらない。人を100%信頼してつきあうことも、蛇蝎の如く忌み嫌うのも、それはやはり変ですよ。
人というものはこんな程度のもの、ということに関して、昔から、哲学・文学・芸術・…ありとあらゆる人間の創作物かのしているじゃありませんか。
のろま人形も人間に一つの典型を見せてくれているのではないでしょうか?

のろま人形

この人形、実はひと首ではなくて、ところによっては四首あったそうです。
好々爺、お多福、狡賢い仏師、間抜けな男など。
能でいえば狂言にあたるとのことです。
プロフィール

雨宮清子(ちから姫)

Author:雨宮清子(ちから姫)
昔の若者たちのスポーツ「石上げ」に使われた「力石(ちからいし)」の歴史・民俗を調査研究しています。今、「力石からバーベルへの道」を書いています。

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