テン、ドンドン

厳しいお稽古に耐え、芸を磨いてきたお姐さんたち。
艶やかに、でも、とっても楽しそうに踊っています。

どの方も粋で優雅で美しい。

13

うつくしき川は流れたり
そのほとりに我は住みぬ

大正13年、詩人の室生犀星は、自分の筆名にも用いた犀川のほとりに、
作家・芥川龍之介を迎えた。そのとき芥川は、
「シャッポ(ショッポ)」という変わった源氏名を持つ芸妓さんと会った。

このシャッポさんは私たちが訪れた西茶屋街の芸妓さんで、
このとき19歳。
芥川はこの美貌の芸妓さんに心惹かれます。

こちらは大正11年に建てられた西茶屋街の「検番事務所」です。
今回私たちがお座敷遊びを体験したのはここでした。
橋を渡って1階で芸妓さんにコートやショールを預けて2階へ。

西検番
金沢市文化財課HPよりお借りしました。現在は国の重要文化財。

約100年前、ここに19歳のシャッポさんがいたんだと思ったら感慨もひとしお。
その後、彼女は落籍されて3人の子の母になったものの、
昭和7年、27歳の若さで病死してしまいます。

芥川はその5年前に自殺。

話が湿っぽくなりました。
舞台では芸妓さんたちの賑やかなお座敷太鼓が始まりました。

19

次は客たちの番です。
希望者がぞくぞくと舞台のそでに集まりました。
「雨宮さん、行きましょう!」
友人が誘う。なんだか気後れがしてもじもじしていたら、
「ダメダメ。せっかく来たんだから何でも体験しなくちゃ」と。

一大決心?して友人のあとへ。
何組かが終わっていよいよ私の番だ。深呼吸して舞台へ。

向かい合ったお姐さんに「お願いいたします」と一礼。
お姐さんは微笑みつつ、「テンテンテン」と両手を上下させて叩き方を指導。
その手の動きに合わせて、まずは音を立てずに練習。

21

いよいよ本番です。
隣りの男性と息を合わせて、

テンテンテンテン、ドンドンドン

うん、調子いいぞ。

テンテンテンテン、ドンドンドン

なんだか爽快な気分。

10回ぐらい打ってバチを止めた途端、お姐さん、満面の笑顔。
まるで大輪の花がパッと開いたみたいに輝いて、
「お上手」と拍手までしてくれた。

エヘヘヘ、うふふ、オホホホ。ついでにヤッホー!

帰り際、別のお姐さんからも拍手。本当にもう、遊ばせ上手なんだから!

23 (2)

お姐さん(もしかしたら若女将)がテーブルについたとき、友人が、
「この人は静岡から来たの。去年、静岡でお世話になってね。
ご存知ないかもしれないけど、
そのとき清水次郎長の生家に連れて行ってもらったの」と言ったら、
「知ってます。本名、山本長五郎」と言うので一同びっくり。

浅草の新門辰五郎と共に幕末の徳川家を支えた
三大侠客の一人・清水次郎長ですが、今や知る人も少ない。
それなのに日本海側の金沢のお姐さんは本名まで知っていた。

それだけではない。
「静岡空港からこちらへ飛行機が飛んでいたのに廃止になってしまって」
というので、さらにびっくり。
友人もそのまた友人も静岡に空港があることさえ知らないのに、
この方はご存知だった。

さすがプロですねぇ。
踊りや三味線、笛だけではなく、いろんな勉強をされているんですね。

名残りは尽きねど、初めがあれば終わりが来る。
こうしてお楽しみの一夜は更けていったのでございます。

CIMG4124.jpg

金沢芸妓のお姐さんたち、ありがとう!
そして、
こうした機会を設けてくださった友人に感謝!


<つづく>
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こんばんは

素晴らしい経験をされましたね。
羨ましいです。

この記事を見ているだけでも、
楽しくなって来ました。
男達が熱中するのも頷けます。

素晴らしい友人と金沢に・・・乾杯!!
  あ、昨日「カサブランカ」を見たので、
  つい「君の瞳に・乾杯」を使いたかったので♪


お辞儀をする藝者さん

おしまいの写真、お辞儀をしている藝者さん。
これ、いいですねぇ。
遊ばせて貰って、精一杯お世辞を言って貰って、揚げ句の果てに両手をついてお辞儀をして貰って送り出される。
客が男だったら途中で甘い言葉も囁かれたりして、ついお金の続く限り通いたくなりますねぇ。

いい経験でした

本当にこれでは殿方が熱中するはずですね。
私でさえ、いい気分になりましたから。
客はほとんど地元の方でした。おしゃれしてきた人は少なかったです。
だから着物を着せてくれた友人には感謝しています。
一見さんは入れませんから、こうしたイベントは得難いものですね。

No title

お金のつづく限り…。
ホントに。

こういうイベントのお座敷遊びでも、へべれけになって踊り出したおっさんがいましたが、うーん、ちょっとなァ。

やはり大店の旦那衆が悠然と遊んで絵になるところだと思いました。

いちげんさん

藝者遊びをするためには、それなりの伝統と文化・教養をしっかり身につけていないと相手にされないのです。
シャッポという藝者ですら、「小説をお書きになる あくたがわりゅうのすけさん でしょう」と言い、室生犀星が渡した白檀のお香を、「戴いたばかりですけれども聴いても宜しいでしょうか」といって香を焚き、お香を焚いて、その香りを感ずる時の仕草は、手をお香の煙にかざしてスッと耳の方に持って行く様にするので、お香を「聴く」というのだが、そのような日常の人間の行動が、文化として金澤人の中に浸み込んでいるのでした。
だから、酒を飲む席に藝者さんに来てもらうとき、客の方でも謡曲や歌舞伎について一通りの「藝」を持っていると、藝者さんもそれに合わせて笛を吹いたり太鼓を叩いたりして、客に合わせて「相の手」を打つことになるのです。
戦前までの、少なくとも京都や金澤では当たり前の文化でしたし、若い人は、先輩に認められて始めて一緒に遊びに連れて行って貰って一人前の「文化人」になるのでした。
芸者遊びの出来る人間として認められるのはそれなりの勉強をしていなくちゃならないのです。

こんにちは

こんにちは
記事を拝見していて思い出したことがあり
明日のトピックに貴ブログのお名前を拝借させていただきたく、ご了解のほどよろしく」お願いいたします。

PS バナーの貼り付け、うまくいかなかったですか?

No title

「シャッポ」とは、帽子?  
珍しい源氏名ですね。当時「シャボン」なんて芸者さんもいたりして。
漱石が京都で遊んだ時に、「金之助」という芸者がついたという話を何かで読んだことがあります。
それはそうと、素敵なステージでしたね~。

No title

ちい公さま

そうなんです。うまくいかなかったんです。
フリースペースと同じだと思っていたら、
本文への貼り付けはシチメンドクサカッタ。

で、しばらくはこれでいこうと。
なんかすっきりしていていいんじゃない?

ところでちい公さんのブログのプッシュ個所って、もしかして3カ所ありますか? 今日、よくよく見たら右下に青いバナーが…。
今度しっかりプッシュいたします。

No title

弥五郎丸さま

この世界のことはトンとわかりませんが、なんでも当時はそういう変わった源氏名が流行ったということをどこかで読んだ気がします。
シャッポもシャボンもちょっと西洋風のつもりなんでしょうか。

本当に楽しかったですよ。
少女のころ芸者さんに憧れて、高校生の頃「なろうかしら」なんて思って。でもよくよく考えたら芸事が何もできなくて断念。なのでグダグダ勉強してヨタヨタ生きてきて今日に至っております。

もっともそんなことになったら勘当間違いなしでしたが…。

No title

ヨリックさま

白拍子の時代も上流社会と交わって和歌など残していますものね。
幕末でもずいぶん芸者衆が暗躍しました。

今は何事も短絡的で、浅い会話しか通じないようなつまらない世の中になりましたから、芸者衆も張り合いがないですね。
でも今回、金沢の文化の成熟度、垣間見た思いでおります。

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プロフィール

雨宮清子(ちから姫)

Author:雨宮清子(ちから姫)
昔の若者たちのスポーツ「石上げ」に使われた「力石(ちからいし)」の歴史・民俗を調査研究しています。今、「力石からバーベルへの道」を書いています。

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