「金澤町屋」を歩く①

話が前後しますが、お許しを。

毛針の目細商店へ立ち寄る前、
私たちは「町屋(まちや)」なるものを見て歩きました。

最初に目にしたのがこちら。

CIMG4089.jpg

かつてはこうした商家が軒を連ねていたそうですが、
時代とともに取り壊しや空き家が目立つようになった。

そこで、江戸の風情を今に伝える歴史的建造物を残そうと、
市や市民団体が保存と継承、活用に取り組んでいるとのこと。

細かい格子戸が印象的です。

狭い道路に音もなく走り込んでくる車と、
足元の雪に気をつけながら、しばらく町屋を見て歩く。

外はやっぱり寒い。静岡との温度差10℃。
手袋をはずしてカメラを取り出すと冷気が指先に突き刺さる。
なので、ついつい撮影はおざなりに。

「乗善寺」さんというお寺にやってきました。
変わった山門です。

CIMG4090.jpg
金沢市此花町

中へ入ったらすごい雪の山。軒先まで届いています。
玄関までの道だけが雪の壁に沿って続いています。

「これみんな屋根から滑り落ちた雪なんです」と友人。
「ひゃァー! こんなのが頭上から落ちてきたらひとたまりもないじゃない」
「雪吊りしていても樹の枝なんか一晩で折れてしまうのよ」

雪の力の怖さを知らない私にはピンとこない。

息子たちが小学生のころは学校でバスを仕立てて
わざわざ富士山のふもとまで雪見遠足に出かけたり、
雪をトラックで運んで運動場に雪山を作って遊ばせたりしていた。

この無邪気さ、
雪に苦労している地方の方々にはなんとも申し訳ないような…。

それにしてもこれだけ積み上がった雪の山、
春になったらどうなっちゃうんだろう。

CIMG4091.jpg

私が親しくしていただいているヨリックさんは、ここ金沢のご出身。

山伏の野田泉光院が江戸の文化年間に諸国を歩いて書いた
「日本九峰修行日記」を丹念に追い、それにご自分の旅を重ねたブログ、
「ヨリックの迷い道」のブロガーさんです。

かつては金沢大学フィルハーモニーオーケストラと同合唱団で活躍。
現在は静岡県浜松市でリコーダーアンサンブルに所属。
今も変わらず演奏活動を楽しまれています。

そのヨリックさん、ふるさとの表記は必ず「金澤」としています。
で、今回金沢の、特にこの町屋を見て歩いたらすごく納得したのです。

「かなざわ」は「金沢」ではなくて「金澤」なんだって。

さて、乗善寺さんの次に寄ったのが、前回お話した毛針の目細商店です。
そこから再び、町屋歩きへ。

途中、「旧北国街道」の道しるべを見つけました。
あれ? こんなところに「北国街道」が…。

CIMG4103.jpg

昔、信州の「北国街道」を歩きました。
これは信州から新潟へ抜ける道だったのですが、
ここ金沢の「北国街道」は、新潟から富山、金沢を経て滋賀県に達した道で、
古くは「北陸道」と呼ばれていたそうです。

また「加賀街道」とも言われて、加賀藩主の参勤交代にも使われたとか。

信州を歩いていたとき、とある古民家で、
ベトナムのコーヒーというのを飲んだことがありました。
黒くてちょっと脂っこい味でした。

そこのご主人が北国街道整備の運動をされているとかで、
「ご寄付を」と書かれた大きな甕に少しばかり投じたりして。

そんなことを思い出しながら角を曲がったら、また立派な建物がありました。
懐石料理の「壽屋」さんです。

CIMG4104.jpg
金沢市尾張町

元は羽二重問屋の大店だったそうです。
それを買い取って料亭にしたのが昭和8年。
今も現役です。

江戸末期の創業から一世紀半。
時代を生き抜いてきた歴史の重みをことさら誇示することもなく、
T字路の突き当りにひっそりと建っていました。

雪明かりに浮かんだ夜の料亭の、凛としたたたずまいと、
黒々とした格子戸からもれるほのかな灯り。

そんな光景が、ふと目に浮かんできました。


<つづく>
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町屋

金澤はこの前の戦争では爆弾が落ちなかったので、江戸時代から明治、大正期の建物がまだ少しばかり残っているのです。
ところで一つ質問。
お友達のお家は浅野川寄りにあるのでしょうか、それとも犀川寄りでしょうか。
ゝ金沢市内に住んでいても浅野川寄りの人と犀川寄りの人とでは、少しばかり違う所があるのです。
ワタクシは犀川寄りに住んでいるのですが、例えば浅野川寄りの人がお饅頭を買う時には「越山」というお饅頭屋で買うのですが、ワタクシは犀川の桜橋を渡ってダブリュ坂を上がって寺町の、(今ちょっと名前を忘れてしまったが)お饅頭屋で買います。
なにしろ何を買うにしても祖母や母が買っていたお店で買う事になります。
肉は竪町の天狗、お茶は野田屋、・・・
五木寛之という小説家は一時金澤刑務所の裏手の安アパートに住んでいて、そこから天徳院というお寺の近くから浅野川の方面の道、材木町・味噌蔵町経由で橋場町、尾張町の方面へ遊びに出ていました。
ワタクシは犀川寄りの生まれなので、遊びに行くのは新竪町・竪町から香林坊へ出て遊びに行くのでした。
ですからワタクシと五木寛之氏とは顔を合わせる事はほとんどないのでした。
今、五木寛之氏の記念館が橋場町にあるのだが、ワタクシのあまり行かない町なので、まだ行っていないのです。

No title

ヨリックさま、
友人は浅野川寄りです。
ですから今回は犀川方面は行きませんでした。

でも正味1日半ですからあまり時間がありませんでしたが、友人が早いうちから綿密に計画を立ててくれたおかげで、ものすごい濃い内容になりました。

名ガイドさんのおかげで、短時間にたくさんの金沢と接することが出来ました。
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雨宮清子(ちから姫)

Author:雨宮清子(ちから姫)
力石(ちからいし)のことを知ってほしくて、ブログを開設しました。主に静岡県内の力石と力石を詠んだ句や歌、力石探しのつれづれを発信していきます。

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