歴史を塗りかえた発見!

前回、野田の醤油造りは、
寛文元年(1661)、高梨家が始めたとお伝えしました。

しかし、「それより約3、40年早い永禄年間(1558~1570)に、
同地の飯田市郎兵衛が「たまり醤油」を造って、
信濃の川中島で越後の上杉謙信と戦っていた甲斐の武田信玄に献上した」
という話が伝わっているそうです。

房総からはるばる長野まで運んだんですねぇ。

、その飯田氏の屋敷跡というのがあるそうです。
こちらです。

野田市教育委員会などが建てた
「野田の醤油発祥の地」の石柱と石碑があります。

1亀屋敷

石碑です。
この史跡は昭和46年、野田市文化財に指定されています。

3亀屋敷

この屋敷は「亀屋敷」ともいうそうですが、
「亀甲萬」(キッコーマン)のと何か関係があるのでしょうか。
キッコーマンの中興の祖と言われる二代目茂木啓三郎氏はご養子で、
元は飯田勝次といったそうですし、
この碑の揮毫もしているみたいだし。

それで、もしや飯田市郎兵衛のご子孫か、と思ったのですが、
写真と情報を下さった斎藤氏によると、
「飯田家と茂木家は同業者としてのつながりはあったが全く別」とのこと。

ちょっとがっかり。

でも、市郎兵衛の飯田家は、
この亀屋敷から100㍍ほど離れた愛宕神社の力石に、
ちゃんと痕跡を残しております。

その愛宕神社の力石群です。
2野田市力石
野田市野田・愛宕神社

説明板は「下総野田愛宕神社氏子会」が建てたものです。

こちらが「飯田氏」の刻字石です。
左下に「飯田氏」と刻んであります。

飯田氏愛宕神社
74×45×33㎝

「奉納力石四十貫 宝暦六丙子正月吉日 飯田氏

宝暦六年は1756年。江戸中期。九代将軍家重の時代です。
これを飯田市郎兵衛の子孫が奉納したという根拠は、
この石だけ「氏」尊称をつけて刻んであるからです。

さて、本題です。

愛宕神社の説明板には、こう書かれています。
「この宝暦六年の石は、千葉県下で一番古い力石です」
故・伊東明先生もそういう記述を残しています。

ところが、これより100年も古い石が見つかっちゃったんです。
見つかっちゃったというより、見つけたんです。
つまり、石は以前から確認されていたものの、そのときの調査者が、
石の刻字の読み方を間違えてしまったということなんです。

それを発見して正しく読みなおしたのは、
このブログでお世話になっている埼玉の研究者・斎藤氏です。

これが問題の石です。
2万治4年
野田市今上下・八幡神社

以前の調査者はどう読んでしまったかというと、

「奉納力石五十六メ目 明治四辛未年 五月日」

で、
斎藤氏が再調査で先人の誤読を見つけて、新たに判読したのがこちら。

「奉納力石五十六メ目 万治四年 吉三月日」
※「万」は異体字。

誤読した調査者は、石が土に埋もれていたため下の一文字「治」だけ確認して、
「明治」と思い込んじゃったのでしょう。

でも、明治と万治じゃ、えらい違いです。
なにしろこの間は2世紀、200年も離れていますから。
千葉県最古とされてきた「飯田氏」の「宝暦石」からだって、
1世紀、100年も昔の石ですから。

この発見で今上下・八幡神社のこの「万治石」が、
「千葉県下で最古」
「日本で3番目に古い」力石になったのです。

だから、「歴史を塗り替えた発見!」なんです。
「大げさな!」って思われるでしょうが、大げさでいいんです。
なにしろ社会の片隅に遠慮がちにいる力石ですから。

さて、埋もれた石を掘り起こして水をかけ、2日間通って取り組んだ斎藤氏。
「明治ではなく、万治だ!」とわかったときは、
「言い知れぬ感動がこみ上げてきて」、思わず1首。

     土掻きて力石(いし)に現る万治四年
                   往時男の覇気ぞ迫り来


見知らぬ男が昼日中、
よその神社の土ほじくって水かけて、石の頭を撫でて感激しているなんて、
どう見ても不審者
斎藤さん、通報されなくてよかったネ!

でも残念なことに、
八幡神社のこの石は、土に埋もれていただけではなく、
こんな状態で置かれていたんです。

1万治年

一番手前が「千葉県最古の力石」と判明した「万治石」。
そのうしろに車止めか土止めのような石が並んでいます。

「万治石」も、そんな使われ方をしていたようです。

もったいない!

野田市文化財課の方々、八幡神社の氏子のみなさん、
ぜひ適切な保存と記録の書き換えとみなさんへの広報を、
お願いいたします。

だって、千葉県最古、日本で3番目に古い力石ですもの。
郷土のお宝じゃないですか。

        
           ーーーーー◇ーーーーー

  =ちょっとひと事=

野田の愛宕神社の氏子さんたちが説明板に「千葉県下最古の」と書いたのは、
誤読が判明する以前に設置したからです。
なので、氏子さんたちに責任はありません。でもできれば訂正を。

※写真・情報提供/斎藤氏
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雨宮清子(ちから姫)

Author:雨宮清子(ちから姫)
力石(ちからいし)のことを知ってほしくて、ブログを開設しました。主に静岡県内の力石と力石を詠んだ句や歌、力石探しのつれづれを発信していきます。

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