FC2ブログ

黒田清隆謹書

本町東助がこの世を去った翌年の明治25年、
この偉大な力持ちを讃える碑が東京・浅草の幸龍寺に建てられた。

この寺は初め静岡県浜松市に建立され、
徳川家康の入府とともに江戸の神田湯島、さらに浅草へ再々移転。
江戸、明治と無事過ごしてヤレヤレと思っていたら、あの関東大震災です。
被災したため昭和2年、今度は世田谷区北烏山へ移り、現在に至っています。

流転の寺といったら、ちょっと言い過ぎか。

で、東助の碑が建てられたのは、寺が浅草にあったころです。
碑の表です。

CIMG0716.jpg

碑文。
「    明治廿五年六月建之
 力士 本町東助碑
               清隆謹書□□」


これを書いた「清隆」というのは、元薩摩藩士で、
明治21年、第二代総理大臣になった黒田清隆のことです。

この人です。
img276_201711271406076ec.jpg

この黒田清隆のことは、
江戸和竿「竿忠」の初代・中根忠吉の「竿忠の寝言」にも出てきます。

当時の人は釣竿に凝る趣味人が多かったのでしょうか。
華族から現職政治家、外国人から庶民まで確かな竿師を求めて
自慢の一品をこしらえた。

忠吉のもとへもいろんな人が来た。その一人がこの黒田公だった。
その黒田公のことを忠吉はこう語っている。

「そのころの総理大臣の権力はすごかった。神さまのようだった。
でも黒田さまは気さくな方で、
”太郎 舟を浮かべて仙興に入る”なんて漢詩を書いてくれた」

「一週間から十日、先方(お屋敷)で仕事をする。その仕事があがったとき、
公が奥さまに、”今日は忠公に芸者をご馳走してやれ”と。
そして奥さまお手ずからお酌をしてくださった」

「竿師風情をこれほどまで歓待してくれるとは」と、
忠吉さん、感激のあまり、思わずうれし涙

「そこで嬉しさまぎれに、
芸者の三味線で、蝿がハエ取りもちに引っかかった踊りを見せたら、
”忠公の妙な踊りを見たよ。本当におもしろい”
と奥さまはお腹を抱えて笑われた」

釣りが大好きな黒田公は力持ちも大好きで、
碑への揮毫は東助だけではなく、
前回ご紹介した大島傳吉の碑にも揮毫しています。

それがこれ。
傳吉の出身地・大島の岡田港に建っています。
右にあるのは伝吉が持った「勇鑑石」です。

img579 (2)
東京都大島大島町岡田

碑文。
「力士 大嶌傳吉碑
           黒田清隆書□□」


裏面は「明治二十七年一月」
寄進者は「榊原健吉、高砂浦五郎、阿武松緑之助、東京力持連」
となっています。

ここでも榊原健吉、高砂浦五郎がでてきました。
本町東助と同時代を生きた傳吉は、しっかり彼らとつながっていたのです。

絵師の河鍋暁斎も江戸和竿師の中根忠吉も総理大臣さえも、
身分や職業に関係なく、直接間接にみんなつながっていた。
羨ましいほどのネットワークです。

さらにこれが千社札の世界へも広がっていたのですから、
この当時の人たちは本当に心が豊かです。

これは明治21年(1888)の力持興行引札(広告)です。

img068.jpg

画面上部に当時の有名力持ち力士の名が並んでいます。
真ん中に「本町東助」
右端に「大島傳吉」
そしてこの中に「筋違車半」の名で、おもちゃ博士の清水晴風も出ています。

この明治21年には神田川徳蔵は、まだこの世に誕生していませんでした。
明治25年、本町東助の碑が建立されたとき、やっと一歳。

茨城県那珂湊の佐納家で産声を挙げた徳蔵さん、
自分が将来、東助のように力持ち界で活躍するなどとは夢にも思わず、
お母さんの胸に抱かれてスヤスヤ眠っていたことでしょう。

それがのちにこの「東助碑」に深く関わることになったのですから、
人生って、おもしろいですね。

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

興行引札

興行引札というのですか。面白そうですねぇ。細部まで見えると面白そう。
ワタクシもかなり努力をして資料を集めているのですが、ちから姫さまも随分いろんなものを集めていらっしゃる。
お互いガンバリましょうね!

おはようございます

ヨリックさま、コメントありがとうございます。

興行引札ですが、残念ながらこれは私のコレクションではないんです。
力石の師匠・高島愼助先生が書かれた「力石に挑む男達」や「東京の力石」に掲載されたものからの引用です。

先生にお聞きしたところ、上智大学教授だった故・伊東明先生の資料の中にあったもので、出典は不明だそうです。
高島先生自身もいくつか引札や番付などお持ちでしたが、三重県立総合博物館へ他の資料と共に寄贈されました。

私はここのところケガ続きで、老化現象かなあと気落ちしていますが、ヨリックさんを目標にがんばっていきたいと思っています。

No title

訂正。

自分の名前、変に打ってしまいました。
実は右手中指の爪をひっかけてしまい、ひょうそうになりました。
ちょっと不自由です。

こんばんは

お大事に!

私もPCだと思いますが、左手の人差し指と薬指が、
痛いので、もっぱら中指だけにしています。
キーを打つのに力が入りすぎのような・・・

これからも楽しい話題、勉強にもなりますので、
無理せず続けられますように。

がんばります。

もともとドジなんです。
ホテルなどの大きな一枚張りのガラスに衝突して初めてそこにガラスの壁があったことに気づくような…。
それが老化とともにひどくなりました。気を付けます。

いつもブログをお読みくださって感謝しています。来る日も来る日も力石ばかりで、みなさん、あきれていると思いますが、ガラスの壁にぶち当たるような私ですので、これ以外目に入らないのです。困ったものです。

でも面白いねと言ってくださる方がいると、もう百人力でがんばれます。
今後ともよろしくお願いいたします。
プロフィール

雨宮清子(ちから姫)

Author:雨宮清子(ちから姫)
昔の若者たちのスポーツ「石上げ」に使われた「力石(ちからいし)」の歴史・民俗を調査研究しています。今、「力石からバーベルへの道」を書いています。

お願い
このブログに掲載されている 写真・記事等には著作権があります。 無断使用はご遠慮ください。
カレンダー
08 | 2018/09 | 10
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
最新記事
最新コメント
訪問者数
ブログランキング
ブログランキング
ランキングに参加しています
カテゴリ
月別アーカイブ
最新トラックバック
リンク
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QR