酔っぱらいの絵師

河鍋暁斎。
幕末から明治前半にかけて活躍した絵師です。

暁斎と書いて「きょうさい」と読ませています。
画号を狂斎から暁斎に変えたとき、読み方だけは変えなかったそうです。
ちなみに図書館では「ぎょうさい」と濁らないと検索できません。

仕方がないか…。

左はフランス人画家のフェリックス・レガメが描いた暁斎の肖像画。
右は東京美術学校への提出用とされる写真。
いずれも河鍋暁斎記念美術館

img044.jpg
下記、参考文献よりお借りしました。

教科書にも載らない、世間ではメジャーな画家として扱われない絵師。
その暁斎の名が、江戸和竿師・中根忠吉の「竿忠の寝言」に出てきたとき、
私は思わず「あっ!」と。
「竿忠の寝言」は、孫の音吉が書いた祖父・忠吉の伝記ですが、
そこにひょっこり、河鍋暁斎がでてきたのです。

いつかじっくり見たい、知りたいと思っていた絵師でした。
で、本来の調べ物はそっちのけで、
図書館にある限りの河鍋暁斎の本を片っ端からめくっていたとき、
私は再び「うわっ!」と。
大発見! 興奮して、思わず震えが…。

だって、本の中に力持ちの本町東助がガンガン出てきたのですから。
東助と暁斎が結びつくなんて思ってもいませんでしたから。

もう瓢箪(ひょうたん)から駒、「暁斎絵日記」から東助ってな具合。

本町東助です。
img945.jpg
「暁斎絵日記」より。同上。

「竿忠の寝言」との出会いは、ネットでした。

フランス士官が撮影した写真に写り込んでいた力石、
あの元柳橋のたもとの「大王石」の謎を追いかけていたとき、
ネット上に掲載されていた初代竿忠の聞き書きを偶然、見つけたのです。

読むほどに江戸の職人の世界にどんどん引きずり込まれていきました。

語り手の中根忠吉は、 5世4代目竿忠の中根喜三郎氏と、
妹で故・林家三平師匠の奥さま、海老名香葉子さんのご先祖でした。

その中で見つけたのが、これ↓
大王石は鬼柴田といわれた怪力の柴田幸次郎が担いだ」のお話。
信じられないくらいラッキーでした。

img188 (6)

で、忠吉さんは幸次郎だけでなく、河鍋暁斎の話もしていたのです。

「東作(和竿師)の家の裏隣りに、酔っぱらいの絵師が住んで居た。
此人の名は判然としないが、前後の性格から推して、多分かの有名な
猩々狂斎(河鍋暁斎)であったと思われる」

※「竿忠の寝言」では画号を「猩々(しょうじょう)狂斎」と書いていますが、
  正しくは「惺々(せいせい)狂斎」
 
「惺々(せいせい)」とは、
「はっきり目を覚ましていなさい。自分を見失ってはいけないよ」という禅語。
 一方「猩々(しょうじょう)」は、能にも出てくる赤い顔の架空の動物。
 そこから「大酒家」を指すこともあるとのこと。

まあ、いつも赤ら顔の暁斎先生ですから、「猩々」に見えたのかも知れません。
でも、酒好きの暁斎さん、どんなに酔っぱらっていても、
絵日記「観音像」「菅原道真像」は毎日欠かさず描いていたそうです。

画号の「惺々」の通り、
どんなときにも覚醒して、自分を見失ってはいなかったと私は思う。

でも「酔っぱらいの絵師」の汚名だけを残して、長い間、埋もれてしまっていた。

別冊太陽 河鍋暁斎」に書かれた暁斎のひ孫・河鍋楠美氏の一文は、
何度読んでも胸が痛くなります。そのひ孫さんの思いを以下に記します。

img723 (4)

「戦前は展覧会の狩野派や浮世絵の系図にも暁斎の名が見えた。
ところが戦後になると、両派ともに暁斎の名は消えていた
理由もわからず美術史から消え、くだらぬ絵を描く画家と評価されることに
”痩せ蛙、負けるな。一茶ここにあり”ではないが、顕彰運動を決意し、
研究と公開の場となる美術館の設立を思い立った。

皆さまに見ていただき、
本当に美術史上から忘れ去られる画家かどうかを問いたい。
開館当初、”高く評価されなくても良い。ありのままの暁斎を見て欲しい”
と記したが、今も同じである。

酔っ払い絵師、研究に値しない画家といわれて、奮闘すること三十年。
二〇〇八年四月、やっと狩野派絵師としての大規模な展覧会が
京都国立博物館で開催されるところまで辿り着いた」

「酔っ払い絵師、研究に値しない画家」ー。

なんと悲しい評価でしょう。
なぜそんな言われ方をされてしまったのでしょう。

その原因の一つとして、木下直之・東京大学教授は同誌の中で、
岡倉天心の薫陶を受けた藤岡作太郎のこんな言葉を紹介しています。

「暁斎や柴田是真(蒔絵師)らが画運勃興の偉功を樹立できなかったのは、
彼らの仕事は誇張の弊に陥り、風潮野鄙に流れて根が浅いからだ。
新しい時代はフェノロサによって開かれ、東京美術学校の開校によって実現した」

この藤岡作太郎の言ったことは、つまりこういうことです。

「暁斎の絵は大げさで弊害しかなく、野鄙(野卑=下品で田舎びている)。
そんな根の浅い仕事しかできない彼に、
新時代にふさわしい画壇など樹立できるわけがない」

いかにも明治新政府の、なんでも西洋一辺倒の時代らしい、
と言ってしまえばそれまでですが、それにしてもひどい!

「このころから暁斎は語られなくなった」と木下教授はいう。

門外漢の素人の私が見ても、
躍動感、下絵、デッサン力、発想の凄さなど暁斎の絵は驚きの連続です。
まさに、同誌の見出し通り、
正統狩野派絵師にして、
ひと工夫しないと気がすまない奇想の天才です。

下の絵は「達磨の耳かき図」です。

「聖者の達磨が俗界の太夫に耳かきをさせて、だらしない顔をしている。
聖俗を逆転・対比させて、常識的な価値観を笑い飛ばしてみせているようだ」
(佐々木英理子板橋区立美術館学芸員)

img057.jpg
太田記念美術館蔵。同上。

「別冊太陽」で木下教授は、こう続けています。

「いいかえれば、このころから東京美術学校に学んだ画家たちが語られ始め、
さらに文部省美術展覧会(今の日展につながるもの)が開設されるに及んで、
…略…、美術学校や美術展の話が繰り返し語られてきたがゆえに、
それが近代美術のすべてだとする勘違いがはびこってしまった。
暁斎の絵を”誇張の弊”だとか”風潮野鄙”とみなす言葉を、
われわれは、いつしか刷り込まれてきたのである」

げに「刷り込み」は恐ろしい。

当時暁斎は、日本でも外国でも人気絵師としてもてはやされたが、
明治後半以降、日本では「研究に値しない画家」にされてしまった。
しかし外国では今なお評価は高く、フランス、ドイツ、イギリス、アメリカなど
世界6か国の美術館に多くの作品が収蔵されているという。

この違いはどこからくるのだろうか。

メジャーとか国のお墨付きなどという権威をやたら有難がる国と、
多様な個性にこそ価値があるとする国との国民性の違い、なのだろうか。

近代日本の美術人たちは、自分たちの規範に当てはめようとするあまり、
暁斎の特異な感性やスケールの大きさを理解できなかったのでは、
などと、おこがましくもワタクシメは思ったのであります。


河鍋暁斎記念美術館館長、河鍋楠美さんの本職はお医者さん。
出っ歯で鼻ぺちゃの暁斎さんとは大違いの、可愛らしく上品な女性です。
でも人懐っこそうな雰囲気は、ひいおじいさんの暁斎さんそっくり。


   ………◇………

※参考文献/「別冊太陽 河鍋暁斎 奇想の天才絵師」平凡社 2008
        /「河鍋暁斎絵日記」河鍋暁斎記念美術館編 平凡社 2013
※河鍋暁斎記念美術館/埼玉県蕨市南町。☎048-441-9780

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こんにちは

今も変わりませんが、権威付けに感化されている日本人は多く、
この話も、かの柳田国男の関連にかぶってきますね。

暁斎の名前と絵、どこかでいつか見たような気がします。

北斎だって、妖怪や漫画などあります。
下卑た題材などと批判することは意味が無いでしょう。

政治家がカタカナ言葉を尊重がって使うなども、
西洋かぶれというか似非教養らしさで同じですね。

この記事も、何時もながら素晴らしく感動ものです。
暁斎の絵を見に埼玉にも行きたくなります。




No title

one0522さま、記事をお褒めいただきましてありがとうございます。
恥かし嬉しです。

暁斎は20年余、毎日絵日記を描いていたそうですが、子孫のところには残っていないそうです。描かれた人が欲しがるのでみんなあげてしまったんだそうです。
おもちゃ博士の清水晴風も苦労して集めた全国の玩具を遺言でみんなに分けてしまって、やっぱり子孫のところには何も残さなかったというのです。
昔の人たちはさっぱりしていますね。

キャバレー太郎と言われた福富太郎氏、あの方は大変な美術収集家ですが、暁斎の作品も収集していました。昭和38年ごろ、古道具屋で本棚を買った時、目に付いた掛け軸をおまけにつけさせたそうです。
たまたま中国文学者の奥野信太郎がそれを見て、「これはいいものだ。君、暁斎を集めたらどうか」と。そのとき初めて河鍋暁斎の名を知ったそうです。

江戸時代に生きた人々って味があって面白いなあと改めて思いました。
プロフィール

雨宮清子(ちから姫)

Author:雨宮清子(ちから姫)
昔の若者たちのスポーツ「石上げ」に使われた「力石(ちからいし)」の歴史・民俗を調査研究しています。今、「力石からバーベルへの道」を書いています。

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