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「いせ万」追善力持ち

※後ろに追加写真があります。すでに読まれた方も、ぜひもう一度見てください。

           ーーーーー◇ーーーーー

東京・秋葉原駅近くの神田川沿いにあった神田川米穀市場。
そこで荷揚げを業としていたのが飯田定次郎「飯定組」です。

その「飯定組」の後継者となった神田川(飯田)徳蔵は、
大正から昭和初期にかけて名を馳せた力持ち力士ですが、
「千社札(せんしゃふだ)の世界にも身を置いた趣味人でもありました。

ちなみに千社札の「社」「じゃ」ではなく「しゃ」と濁らないのが「通」とか。

棟や柱に貼ってあるお札が千社札です。
CIMG1531.jpg
静岡県伊豆の国市・願成就院

この千社札は四国八十八ヵ所や西国三十三ヵ所霊場巡りなどの折り、
記念に神社仏閣に貼り出したのが始まりといわれています。

もっとも盛んになったのは、やはり江戸時代です。
千社札には、寺社に貼る「題名納札」
趣味人が集まって札を交換し合う「納札交換会」の二通りがありました。

交換会には凝りに凝った自慢の逸品を持参して、みんなを唸らせたい、
と思うのは誰も同じ。
そこで会員たちは競って著名な絵師や書家に依頼したそうです。
そのため、江戸のグラフィックデザインともいうべき
美術的価値の高い千社札がたくさん作られました。

また交換会は、江戸の文化人サロンとして隆盛を極めたそうです。

徳蔵もそうした流れを汲む明治の納札会に身を置いていたのです。

これは徳蔵さんの納札コレクションの一部です。
SANY1512.jpg

徳蔵コレクションについてはまた改めて書きますが、
本日は力持ちの関連から千社札を取り上げました。

下は、室内で「腹受け」という技を披露している写真です。
赤丸の中に鉄アレイ(ダンベル)が見えます。
このころバーベルやダンベルを所持していたのは、
神田川一派しかありませんので、徳蔵も関わっていたのは確実です。

場所は道場のようなところにも見えますが不明。
また、演者たちの背後には屏風が立ててあって、
その前に人か像かはわかりませんが、黒い人影が見えます。

sasiiti_situnai_web (2)

問題は黄色の丸の中です。
いくら拡大しても私にはさっぱりです。
ですが、斎藤氏はバッチリ解き明かしました。

「右(黄色の丸)に祭壇があり、献花と灯明が置かれている。
その間に「南無大慈観□」の掛け軸。
掛け軸に肖像画が描かれた額が立てかけてある。
ちょうど鉢巻をしめた右の男の額あたりです。

肖像画の右上に「いせ万」の千社札が貼ってある。
おそらく肖像画の人物はいせ万で、この力持ちは彼の追善供養興行でしょう」

そうか。それで室内で行われたのか。

こちらは「納札大鑑」掲載の「いせ万」の肖像画です。

「つねに結城の茶みじん、藍みじんと唐桟縞を好み、
八幡屋の煙草入れ、金具は夏雄の一刀彫…。
江戸っ子の生粋中の生粋。男が惚れる男であった」(関岡扇令)

img849.jpg
「千社札・弓岡勝美コレクション」ピエ・ブックス 2006より

「肖像画」「千社札」…
斎藤氏はこともなげに言いますが、しかしです。
いくら目を凝らしても私には見えません。もう、凄いとしかいいようがない。

さらに、
「いせ万は大正14年4月12日に亡くなっています。
この写真には献花に菖蒲が見えることから、
逝去の年か翌年の5月にこの力持ちが行われたのではないかと思います」

花の種類までわかるって、私の眼力とPCではとてもそこまでいきません。

舟の上で逆立ちしている人物と後ろの一人は、
全身に文身(刺青)を入れています。
徳蔵縁者のEさんによると、
「徳蔵さんは刺青はいれていなかった」そうですから、明らかに別人です。

しかし、文身の男たちが演じていることからも、
これは「いせ万」の追善供養であることがわかったと斎藤氏は言います。
なぜでしょうか?

この「いせ万」については次回、改めてご紹介いたしますが、
斎藤氏には本当に脱帽です。

と書いたところで、
斎藤氏から黄色の丸の中の拡大写真が送られてきました。

で、見た途端、ガアーン!
なにこれ!  なんでこんなにくっきりなんだよ。

斎藤いせ万拡大

PCによってこんなに違うものなの?
それとも私の操作が悪いのか…。

ああ、しばし、呆然…。

    
        =追記=

斎藤氏から追加写真が届きました。

祭壇全体です。掛け軸の左にはたくさんの千社札が見えます。
斎藤室内腹受け

「謎の指」
指さし室内腹受け

以下は、斎藤氏のコメントです。

屏風の前の人物について、
「横笛が見えているから、お囃子の人ではないか」

そして、扇を持った人物の横の指については、
「何かを指図している太い謎の指。
これが徳蔵だったりして、と、想いは脳内を駆け巡る

と、ここまで書いて、私はふと思ったのですよ。
「謎の指」は左手ですよね。つまり左利き。
サウスポーとくれば大工町惣吉。
でも、写真の扇の男は右利き。

それで斎藤氏からのメールを再度読み直したら、
扇の人物を一旦、惣吉としたものの、最終的には別人と判断していました。
なので、室内「腹受け」での大工町惣吉の名は消しました。

だとすると、扇の人は誰なんでしょう?

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おはようございます

毎回、写真などの解明に拍手です。

斎藤氏の仕事凄いとしか言葉がありません。
お二人の努力には頭が下がります。

千社札、最近は社には貼れませんので、
手水場に多く見られますね。

コレクションは楽しそうです。
私も昔、切手など集めていましたので、
懐かしくなりました。

続々と新しい発見があるので目が離せません。

No title

one0522さま、コメントありがとうございます。

追加写真を載せましたので、また見てください。

徳蔵さんのご子孫や縁者の方々も、
ほとんど知らなかったことではないかと思います。

古い写真は捨ててはいけませんね。相続税が旧家を解体させ古写真や文書を破棄させているようですが、そんな中、こうしたものを所持し続けることは容易なことではないと思います。

でも徳蔵さんのご子孫は大切に持ってらした。
本日お見せした千社札コレクションは縁者のEさんのお父さまが徳蔵さんから譲り受けたもののようです。
東京大空襲も免れて、よくぞ残っていてくれたと思います。

おはようございます

追加の写真など見ました。
お二人の研究熱心さには感服しています。

どこの家にも、古い写真があるでしょうから、
掘り起こすと面白いかもしれませんね。

我が家は、父の趣味のお陰か、
75年以上前からのフィルムがありますが、
形が小さい上に薄いような気がしています。
まあ、歴史ある家ではないですが、
戦時中の頃の一般家庭の写真だと思います。
当時の風景など分かるかなと。
この頃を知っている人間は居ませんし、
私たちは幼過ぎて記憶がありません。

No title

one0522さま、いつも嬉しいコメントありがとうございます。

私は生き方もなにも不器用で、ひとつのことしかできないんですね。
で、今は「徳蔵」一筋。仕事場と家のパソコンの前を往復するだけのホントに色気も食い気もない暮らしです。
でもこれが楽しいんだからしょうがないですね。

古い写真、いつかきっと役に立つときがあります。
私がちょっぴり関わっている文化財資料館で、戦中から戦後の市内の写真、これは写真屋さんを経営していた方が写したものですが、この展示をしたんです。
大盛況でした。もうとにかく懐かしい、と。

昔をご存知の方はもちろん、知らない若い方も今現在の場所とかつての光景を重ねることができて、みなさん、興奮して見ていました。1度目は試しに少し展示したら市民からの要望がすごくて、2度目は本格的な展示になりました。撮影者はご高齢ながらご存命されていて、他県に移っていましたが大変喜んでくれたと聞いています。

No title

千社札を濁らないで打つと戦車札になっちゃう。やっぱりマイクロソフトには江戸の粋は通用しないですね。
ところで千社札って今考えれば普通に暴走族のいたずら書きですよね。なんでこんなこと許されたのでしょうか。はがせば消えるってことなのかなぁ。みんなこぞってやるもんだから住職さんも万歳しちゃったのか?
なんにせよ『こういうもんだ』と思ってしまうと不思議でもなんでもなくなっちゃう不思議、ってとこですね。

No title

sukunahikonaさま、コメントありがとうございます。

千社札は平安時代に花山法皇が始めたといわれています。このころは木札を寺社の柱に釘で打ちつけたようです。盛んになってくると寺は傷だらけになりますからたまりません。で、専用の札堂を設けたりしています。

江戸時代は紙。交換会のときの札は華やかな絵札ですが、こちらは文字。昔は墨で書き、はがれやすい糊を使ったそうですが、これがだんだん信仰心から自己宣伝の札になっていったため、たびたび禁止令がでています。

現在ではどこのお寺でも禁止していると思いますが、困るのは信仰とは関係のないアニメなどのシールやステッカーをやたら貼る人がいること。今のこういうものは取れませんし、雨に濡れても破れなしい始末が悪いですね。

苦労して歩いた巡礼さんのお札はご利益があるといって有難がった時代もありましたが、信仰から遊びに変質してしまいましたから禁止されて当然です。でもおみくじと同じで、おみくじがたくさん結ばれている光景はその寺社に参拝者が多いことを示していますから、寺でも痛し痒しだと思います。

ちなみにおみくじは本来は持ち帰るものです。大吉が出て喜んで神社に結んでくると、せっかくの大吉はそこで固められてしまい効力を失います。凶がでたら神社へ納めて凶事を封じてもらいます。

プロフィール

雨宮清子(ちから姫)

Author:雨宮清子(ちから姫)
昔の若者たちのスポーツ「石上げ」に使われた「力石(ちからいし)」の歴史・民俗を調査研究しています。今、「力石からバーベルへの道」を書いています。

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