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遺跡から出土した力石

力石の研究者
07 /24 2014
力石が体育史学の中で取り上げられたのは、
昭和27年、当時の東京教育大学の太田義一教授が
第3回日本体育学会において発表したのが最初だといわれています。
つまり、日本の力石研究は、
体育史学の分野から始まった
というわけです。

その力石に、考古学の立場から取り組んでいる人がいます。
静岡県埋蔵文化財センターの岩本 貴氏です。

2005年、
伊豆半島の付け根にあたる静岡県田方郡函南町の「仁田館遺跡」から
「二十四メ」の切付(刻字)のある力石が発掘されました。

img191.jpgimg192.jpg
60.8×28.0×29.6㌢ 86㌔ 楕円形の礫

岩本氏は言う。
「尺貫法換算のほぼ24貫に近い重量があり、
切付が重量を示しているとみてほぼ間違いないこと、同種の切付はいわゆる
力石以外に想定しにくいことから本資料は、力石と断定できる

この仁田館遺跡は、狩野川支流の来光川沿いにあります
建物の年代は、推定18世紀後半から19世紀前半。
ここは、源頼朝の家臣、あの曽我十郎を討ち取った仁田忠常の地です。
今もご子孫がお住まいです。
鎌倉時代から連綿と続いているなんてすごいですね。

明治前半に撮影されたと推定される仁田館の母屋
礎石の配置などから、この建物と判断された。
img190 (2)

力石は母屋の南東隅柱の基礎材に転用されていたそうです。

この仁田館遺跡からは、
法華経を写経した「こけら経」(867枚)も出土しています。
500年も地下に眠っていたそうです。

img194.jpg
静岡県指定文化財。

岩本氏によると、
今までに全国の遺跡から出土した切付のある力石は
民家、地元名士宅の母屋=仁田館、城郭天守(2個)、
町屋石階段基礎の4例(5個)。
建物規模、身分階層に一貫性は認めがたく、
柱を支える礎石というような
建物基礎材に転用という共通点
が認められたという。

研究の対象外に置かれてきた力石に目を止め、
「こうした考古学・埋蔵文化財の発掘調査が提供する情報は、
力石研究に新たな視点を与えられるのではないか」
と発言した考古学者は、岩本氏が初めてではないでしょうか。

歴史、民俗学、体育史学、考古学、
いろんな分野の方がいろんな角度から、
この力石を研究してくださったなら、

力石ももっと豊かなものになるだろうと私は思います。


※仁田館遺跡出土の力石は、現在、菊川市の小笠保管庫(小笠高校内)に保管。
※資料・写真等/第17号「研究紀要」
「力石の考古学的検討~函南町仁田館遺跡出土「力石」の紹介を兼ねて~」 
岩本 貴  静岡県埋蔵文化財調査研究所(現・静岡県埋蔵文化財センター) 
2011
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コメント

非公開コメント

No title

いつも楽しいブログを有り難う御座います。これだけまとめるのは大変でしょうね。
埋蔵文化財を発掘する先生方に力石の関心があるといいと思いますね。発見のチャンスが。
大田義一教授の力石研究の要旨は一言で云うとどんな内容だったんでしょうか。

No title

s.h..様
いつもコメントありがとうございます。
ものすごく励まされます。

太田義一先生の研究発表のテーマは、
「江戸を中心とせる力石に関する研究」というものだそうです。

No title

こんにちは。

私も埼玉県の中部~北部は古墳見学で行くことがあるのですが、
力石最多の県というのは知りませんでした。
そもそも近世の民俗学範疇の石製遺物というイメージがありました。
でも残存する最古のものが17世紀であるなら、その歴史文化は16世紀
以前に遡る可能性が高いと思います。これは確かに考古学、歴史学で
も取り上げるべき遺物ですね。従来の考古発掘においては金石文が
無ければ見過ごされる可能性があると思います。
古代の掘立柱建物には自然石の礎石が良く使われますが、単に石材と
してではなく、奉納、祈祷、祭祀要素を持った力石的な運用を経た
ものがあるかも知れないですね。

形名さんへ

コメントありがとうございます。
力石は文献上では鎌倉時代の文治二年、また室町末期の「洛中洛外図屏風」には弁慶石という銘の力石を持ってみんなで力比べをしている図が描かれています。
戦国時代には武士が力を誇示するためにこの石を用い、江戸時代になると庶民の楽しみになりました。こうして長い歴史を持つ石ですが、人に使われてその価値を認められてきたからでしょうか、使う人がいなくなるとただの石に戻ってしまいました。力石の持つ宿命かと思います。博物館の学芸員さんの間でも「マイナーな庶民の石」とされているため、当地の博物館に設置をお願いしたとき、一笑に付されてしまいました。

山梨県には丸石道祖神がありますが、この丸石と力石が同じ場所に保存されたりしていますので、郷土史の中に出てくる体験者の話を元に力石を見出していました。ここでは縄文遺跡から石棒と一緒に丸石が出てきて、それに盃状穴が開いていたりします。力石にも石を持った力持ちにあやかろうとして開けた盃状穴がありますので、なんらかの関連があればと思ったりしたこともあります。

力石の調査でやりにくかったことは、「下賤の者の石」という感覚が残っていたことです。時代が下るにつれて肉体労働者の鍛錬や石を持たせて力のあるなしを見て賃金を決めたという歴史があるせいかと思います。でも印象的な言葉に、荷役労働者だった昭和の力持ちが言った言葉があります。「力石は神聖な石だから持つときは斎戒沐浴して担いだ」。
細々とではありますが、力石に挑戦する方が最近も出てきています。金沢市在住の「そばつぶさん」は、昨年、アメリカのストロングマンとのコラボを行い、動画が世界中に背信されましたし、埼玉県には「さかもっちゃん」が果敢に挑戦しています。

私が力石に魅かれるのは、人々に忘れられても「世の中なんてそんなもんさ」とでもいうように、のんびり道端に転がってところです。

雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞