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シャワークライミング

世間ばなし①
07 /25 2017
暑中お見舞い申し上げます。

山登りをやめてからすでに20年余り。
ただ今、老い支度の真っ最中。で、写真を整理していたら、
不良母ちゃんだったころのシャワークライミングの「雄姿」がでてきました。

沢登りです。ちょっと涼んでいってくださいね。

私、みなさんより年食ってますが新人ですからね、一番手で行きます。

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安倍川・椎の木沢

山のベテランがザイルで安全を確保してくれています。
ぬらぬら滑るけど不思議と怖くない。ワラジの威力絶大。
でもみなさん、心配そうに見ています。ほかのベテランから声が飛ぶ。

「ザイルに頼るな! 自力で登れ!」

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「へつり」です。左端が私。
なんでもないように見えますが、ちょっと先には滝が…。
流れが速いし深いし、落ちたらアウト。
岩が逆層で手がかり足がかりがない上に、もろくて難儀。

でも毎晩、家の前の石垣で練習していたから、ちょっとはいいかな。

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竜爪山(どこの沢だったか忘れました)

「おーい。滝の中へ突っ込め!」
ヒェー、水圧で流されそうだってのに。
「水圧で岩にコケがないから大丈夫ダァ!」

というわけで、入ったはいいけど、頭から水をかぶって息ができない。
ときどき顔を出してプワー、ハッと息継ぎ。

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垂直の崖に草とコケ。岩がもろくてつかんでもボロッ。
下にゴツゴツした岩と青々とした滝壺が控えている。冷や汗の連続。

「草はつかむなァ!」

雑念を払って、ただひたすら三点支持、三点支持。

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竜爪山・長尾沢・本谷

このとき若い女性が恐怖のあまり動けなくなった。
ザイルにしがみついてぶら下がってしまい蓑虫状態。
みんなで引っぱり上げたけど、
人一人の重さといったら、想像をはるかに越えていました。
だって、大の男が3人かかってもあがらないんですから。

よくテレビドラマでビルから落ちそうな人を、
片手で引っぱり上げたなんてシーンがあるけど、あれは大ウソ。

ファイトいっぱーつ! ウソはっぴゃくぱーつ!

で、とうとうベテランがおんぶ、前後を補佐してようやく登りました。
もう頭が下がるばかり。この人たちって本当に凄いと思いました。

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私が初体験した沢がこちら。
大雨で増水していましたが、身震いしつつもワクワク。
こんな面白い遊びがあったのか、と。

このときはヘルメットも安全ベルトもまだ借り物でした。
蛇が横にいても全く気付かなかったのはこのときだったか。

img149.jpg
安倍川・黒ン沢・七ツ釜

長尾沢・本谷コース、最大の滝。15m。
「いいか。登り切っても安心するな。それが一番危ないんだ。
安全を確保してから力を抜け」

はい。肝に銘じて登ります。

15mの滝の次に来たのが10mの滝。
難関は最後にあって、やれやれ登りきったと思ったらガレ。
岩も木もない砂地に、両手に吸盤をつけたつもりでペタペタ這い上る。

落石もあるし、ザイルも出してもらえないし。

3歩登って2歩ズルズルの匍匐(ほふく)前進。
動くたびに砂がサラサラ、ジャーと滑り落ちていく。
あの恐ろしさは今でも脳裏にこびりついています。

思えば優れた先輩たちに恵まれていました。
あのとききちんと感謝したかなあ?
でも今でも先輩たちのあのときの声はしっかり耳に残っています。

もうみんな、おじいさんになっちゃったんだろうな。

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竜爪山・長尾沢・本谷

その夜は、布団にはいっても滝の音がザーザー蘇って眠れませんでした。
あのころは面白さの方が勝っていて、怖いもの知らずだった。
近所の主婦たちの悪口なんかまったく気にならなかった。

でも今は、ハッ、ヒヤリばかりが思い出されて山が恐くなりました。

それに「育児放棄」した息子たちへの贖罪も…。

で、思い返せば、当時、夫から「中性」呼ばわりされていました。
時々、少年に間違えられた。若かりしころの写真を出すのはなんですが、
こんな顔してたからかな。色気ゼロ。
でも、年を重ねるごとに女性(右)らしくなったでしょ?

img147 (3) img136 (4)

今は「どこから見てもバァサンだァ」になりました。

このセリフ、生前、母から聞いたんですよ。
そのころの母はゲートボールに夢中で。
あるじいさんが一人の女性に執拗に「バァサン」を連発。
で、その女性、「わしゃバァサンじゃねえ」ってやり返したら、じいさんが、
「どこから見てもバァサンだァ」と。

思わず吹き出しましたけど、これはいけません。

母たちの楽しみは競技のあとのお茶だったみたいで。
中にモテモテのじいさんが一人いて、貢物の食べ物がそこへ集中する。
いわしの丸干しを焼いて貢ぐ人もいたそうで、
母は「なにサ」と笑っていましたが、
そういう母はイヤリングなんかつけて、いそいそと行ってました。

いくつになっても青春。いいんじゃない?

で、「どこから見てもバァサン」になった私、電車でよく席を譲られます。
東京でギターを抱えた若者から譲られたとき、
丁寧にお礼を言って座らせていただいたら、すごく照れてましたっけ。

しょうもない昔話に、すっかり付き合わせてしまいましたが、
少しは涼んでいただけましたでしょうか。

でも、部屋の中は写真が散乱。これから私は汗だくで整理に没頭します。

※当時、連れて行ってくださった方々、写真を撮ってくださった方、
 本当にありがとうございました。

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コメント

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No title

雨宮さん、おはようございます。

沢登ですか..すごすぎます。
体力はそもそもというのはおいといて、
涼しそうだというより、
足場の悪さと水圧を考えると
どんだけ根性をださないと
いけないんだって感じです。

沢登り

竜爪山あたりの地図を見ています。
姫が登っている澤はどのあたりかなぁ。平山温泉から則沢を過ぎて文殊の下の方かナ。それとも安倍川へ入るいくつかの谷のうちのどれか?
沢歩きをしている頃の姫の姿、いいですねぇ。
今でもご一緒したい気持ちでいっぱいのヨリックです。

おはようございます

沢を水浴びながら登るなんて凄過ぎる。
私事ですが、東京の御岳山でさえ鎖に頼ってやっとでした。
これが大学時代とは・・・

この時、ある大学登山部の者が全部の荷物を担いでくれてました。
で、缶ビールの美味かったことくらいしか記憶に無い。

姫の度胸と努力に感心しています。
今も「力石」にかける情熱もそれに近いでしょうね。


No title

三島の苔丸さま、コメントありがとうございます。

これ、30代半ばごろだったと思います。
こんな素人のおばさんをよく指導してくださったと思います。
私が凄いんではなくて、先輩たちのサポートが凄いということに尽きます。

No title

ヨリックさま、コメントありがとうございます。

竜爪山・長尾沢・本谷は、長尾川の源流です。地図上に平山の三本桜というところがあると思いますが、そこから先へ行き林道カーブから入ります。
最後は文殊岳へ着きます。

安倍川・黒ん沢・七ツ釜は下渡と云うところから入ります。
最後は浅間原へ到達。

椎の木沢はちょっとわからなくなっちゃいました。関の沢の支流だったか?
もう一つの竜爪山、これは写真の裏に竜爪と走り書きがあったので書きましたが、記憶が曖昧。

今はもう平地歩きばかりです。

No title

one0522さま、コメントありがとうございます。

夢中になっている時って、本当に恐いもの知らず。
集中力がすごく高まりますね。
マムシもなんのその。
今は平地で無害の蛇を見ただけでも逃げ出すのに。

本当によい山の会と優れた指導者たちに恵まれました。
この方たちがいなければ、私は何にもできませんでした。

山での楽しみはなんといっても食事ですね。
沢では流しそうめんなんかもやりましたよ。

なんでも興味を持ったらそれ一直線。他が見えなくなります。近所では「変人」というあだ名がつけられて、面と向かって批難してくる人もいて、それが一番いやでしたね。まあ、変人といえば変人ですが。でもみなさん勝手で、そのうち中高年登山ブームになったら、「連れてって」とくるんですから。でもきちんと連れて行きましたが、天気が悪いと文句をいうし、疲れたから帰りたいと言い出して手こずりました。

うーむ、、、

凄すぎる、、、、
雨宮さんは何につけ全て極めるのですね。

うーん、、、、

No title

kappaさん、コメントありがとうございます。

「全て極める」ー。
kappaさんほどじゃないですよ~。
でも頭の中だけで考えているのってつまらないもの。

雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞