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たかが見世物とお思いでしょうが

神田川徳蔵物語
07 /22 2017
今から94年前の大正12年9月1日、
神奈川を震源とする関東大震災が起きた。

家屋が密集した東京は昼食時のこともあって、あちこちで火災が発生。
人的被害10万5000余人、全壊・焼失家屋約30万戸という大惨事となった。

しかし、江戸っ子はたくましい
全滅した花柳界は3か月もたたないうちに再建。
新国劇や歌舞伎役者たちは「何か慰安会をやろう」と相談、
日比谷のバラックで獅子舞や歌舞伎十八番「勧進帳」などをやったという。

藤井宗哲は著書「たいこもちの生活」に、こう書いている。

「焦土の都にはじめて色彩と音楽の花を咲かせ、荒みきった灰色の人心に
はじめてにこやかな芸術の香気を吹き込んだ」

「飯定組」の神田川徳蔵が一門の弟子たちや漫才師の東喜代駒と共に、
某宮家の別荘跡地で力持ちを披露してみせたのは、震災から7か月目のこと。

その会場での、
徳蔵と栄吉のおどけっぷりがまた楽し。
 
 ※前回、徳蔵の隣りで上半身裸で踊っている人物について、
  飯定組の一の子分の重吉かそれとも栄吉かで意見が分かれましたが、
  埼玉の研究者・斎藤氏から「栄吉」に訂正との連絡が入りました。

  そうすると「椅子に座って開脚の男」は不明になってしまい、まだ疑念が
  残りますが、一方、組の重鎮でどっしり落ち着いた重吉でなかったことに、
  私はなんとなくホッとしたりもしているのです。
   
改めて「おどけた仕草の徳蔵栄吉
さし石1 (2)

見物人たちも、力持ちの怪力や笑顔に大きな力を得たことでしょう。

この大震災のとき、
「飯定組」を始め佐久間町の住人たちは一丸となって火災から町を守り、
神田川米穀市場の米で炊き出しを行なって被災者たちへ提供したそうです。

こちらは、
余興興行から2年後の大正15年、「神田川佐久間町 佐久間学校」での、
「徳蔵 大石差切」です。

img125.jpg

中央で石を差し上げているのが神田川徳蔵です。
徳蔵、この時35歳
のちに明治大学ウエイトリフティング部OBとなる長男の定太郎は、
このとき2歳

赤矢印の黒い着物の男は竪川大兼です。後述します。
見物人がカメラを意識して振り向いているのが面白い。

さて、みなさまは、
このような興行は木戸銭を取ったと思われるかもしれませんが、
江戸時代から江戸の力持ちは寺社などで奉納力持ちを見せるだけで、
木戸銭は取りませんでした。

これは関西では力持ちを職業にしていたのに対し、江戸の力持ちは生業を持ち、
興行はあくまでも人々を楽しませるためのものと心得ていたためです。

こちらも上と同じ場所での連続写真です。

sasiisi4_1.jpg

これは「神田川栄吉 腹受」といいます。
5人の人間が乗った舟の下に臼、臼の下に米俵2俵、その下をよくご覧ください。
仰向けでそれらをお腹で支えている人がいます。神田川栄吉です。

この興行には神田川一門のほかに、
佐賀町、羽根木(世田谷区)、大工町など他の町の力持ちも出演しています。

埼玉の研究者・斎藤氏は、
「親方の定次郎が見込んだ徳蔵は、
飯定組の生業に大きな影響力がある従業員の養成として、
娯楽と体力増強のために力持を多用し、自らも出演した感がある。

これらを見ても徳蔵は膂力だけではなく、リーダーシップがあり、
マネージメント力も優れていたことがわかる」と評価しています。

で、この「腹受け」の技、今でも「深川の力持ち」でやっております。
これを演じているのは徳蔵の興行に出演していた浅吉の居住地、
「佐賀町」のみなさんです。

CIMG2489 (2)
東京都江東区木場・木場公園

さて、ここでさきほどの黒い着物の年輩の男をご紹介します。
上の写真では臼の横、下の写真では右端にいて片手で舟を支えています。

竪川の大工の兼吉こと竪川大兼(たてかわ だいかね)。
明治時代の力持ちの大物。明治21年の番付の「東関脇」です。      

竪川大兼の現存する力石は5個。そのうちの一つをお見せします。
鬼熊の墓の横にある「鳳凰」がそれです。

CIMG0731 (2)
東京都世田谷区北烏山・妙壽寺  79余×60×30㎝

「鳳凰 明治廿六年 大正十三年改刻ス 竪川大兼 
 世話人 神田川飯定 徳蔵」 


写真に写っている黒い着物姿の竪川を見た斎藤氏、感激のあまり、

「風貌と姓名がこれほど合っている男は初めてだ!」


※暑くなりましたので、私も余興に真夏の夜の「怪談」をひとつ。
 木場の「腹受け」の臼に、なにやら奇妙な顔が写り込んでおります。
 強い西日のいたずらで、偶然が作った錯覚ですが、
 虫眼鏡で見るとリアルで、ちょっと寒くなりますよ!

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コメント

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No title

こんにちは
震災にあった人たちにとっては自粛なんてちゃんちゃらおかしいんでしょうね。まるでお葬式が生きてる人のためにあるみたいに。
あの心霊写真本物ですよ。おどけている徳三の顔が見えます

No title

sukunahikonaさま、コメントありがとうございます。

この顔、ホンモノですか! 
「がんばれよ」と応援しているんですね、きっと。

霊は悪さなんかしないというのが私の考えです。
何かの折りにちょっと見えちゃった、ただそれだけ。ただね、時には何もないのにゾッとするときがあります。不思議な現象って確かにありますね。

今度、もう一枚、これは九州・大分港の写真、お見せしますね。
霊気とか妖気は全く感じなかったのですが、不思議な写真です。
でもこうした写真はすべて科学的に説明できるそうですね。

雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞