fc2ブログ

徳さんの恋

神田川徳蔵物語
07 /06 2017
神田川(飯田)徳蔵が結婚したのは、30歳を過ぎたころだったという。
当時としては晩婚。
お相手は「飯定組」組頭、定次郎の五女で10歳年下のお千代さん

徳さんはなぜ、長く独り身を貫いていたのか、今となっては知りようもない。
「徳蔵は最初、三女のすみと結婚するはずだった」
という話が伝わっていたが、それも定かではない。

すみ三女  千代5女
    おすみさん            お千代さん

このおすみさんのお孫さんが今回、貴重な情報をくださったEさんです。
そのEさんがおっしゃった。
「もしそうなら、いくら姉妹でも恋敵の火花が散りそうですが、
何事もなく祖母たちはみんな仲良しでした」

飯田家の4人姉妹は生粋の神田っ子
「しゃべり出したら止まらない。口から先に出たような人たちだった」と
Eさんのお姉さんも、明るくシャキシャキした様子をよく覚えています。

で、徳さんは一体誰が好きだったのか沈黙したまま、相撲を取ったり、
sumou_web.jpg
向かって左が徳蔵。

こちらはちょっとポーズを決めた徳さんです。

tokkuzou_web.jpg

モテモテ男の徳さんですが、どちらにしても親方のお嬢さんですからね、
いくら好きでも口には出せません。
で、三女すみさんは18歳で父・定次郎が決めた人と結婚。
それから数年後、五女・千代さんも嫁いでいった。

しかしこのお千代さん、嫁いだものの徳さんが忘れられず、
女の命である髷を切り、三つ指ついて婚家先を出奔。

飛び出してきたのは結婚した翌日だったというのですから、見事な行動力です。

お千代
イラスト/章

やりますねェ。まさに明治の女
強いオヤジの言いなりはイヤとばかりに、自分に正直に生きたお千代さん。
ですが、
愛する末娘を相応の男に嫁がせた一家の長・定次郎の面目丸つぶれです。

そのお千代さんの一途な思いは叶えられて、晴れて徳蔵と夫婦になった。
それだけではない。
徳蔵は飯田家の入り婿として迎えられ、「飯定組」の後継者に納まります。

実は定次郎には一人息子がいたのですが、Eさんの話では、
「長男は仲士の親方をやるような性格ではなく、
たぶん、ホワイトカラーだったのでしょう。飯定組は継ぎませんでした」

こちらは昭和6年の「飯田家墓供養」の記念写真です。
こうして見ると、義父の定次郎と徳蔵、なんとなく似ています。

s60920_hakakuyou (2)

徳蔵は飯田家の跡取りとして重要な位置に座っています。
定次郎の右の人物は長女・喜代の入り婿で、
馬車屋(運送業)「飯隆組」の組頭・飯田隆四郎です。
この人の力石も残っていますが、それはまたの機会にご紹介します。

前回お伝えしたバーベルの一郎はこの人の長男なんです。

昔の経営者は、実の息子がいても資質がなければバッサリ切り捨て、
こうして婿をとって家督を継がせた。
経営者にしろ政治家にしろ、現代人にはなかなかできないことですね。

で、この写真で面白いのは、この中に芸人さんが写っていることです。
それもただの芸人さんじゃない。

Eさんによると、
赤矢印は東京漫才の創始者の東喜代駒さん。
この人は飯定組に所属し、徳蔵と一緒に力持ち興行をやっています。

青矢印は「たいこ持ちの玉介」こと「悠玄亭玉介」
最後の幇間(ほうかん)といわれた人なんだそうです。

    =ここでちょっと訂正= 

情報提供者のEさんから訂正メールが入りました。
東喜代駒とした赤矢印の人物、親戚から、
もしかしたら違うかもといわれた。いたことは確かなんですけど。
また、悠玄亭玉介とした青矢印の人物も間違い。
勇み足だったかも。ごめんなさい」

悠玄亭玉介は私の早とちりです。
説明に「たいこの人」とあったので、「たいこ持ち」と勘違いしました。
ごめんなさい。

でもみんな、昔むかしの人たちですものね。
自分の先祖を考えてみても、父や母の兄弟姉妹でも、もはやあやふやです。

写真の解読や人物特定など現在進行形で、その過程もひっくるめて、
読者の方々と楽しみながらやっていきましょう!

改めて確実な写真をお見せします。
昭和13年の飯田定次郎の葬儀の時の写真です。

赤矢印が東喜代駒、青矢印が悠玄亭玉介。(間違ったらまた直します)
s130409_sougi_shugou.jpg

力石のブログなのに力石をちっとも見せてくれないじゃないかって?
まァまァ。
そのうち、うんざりするほどお見せします。


<つづく>
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

おはようございます

ますます面白くなってきましたね。

遡って前の記事まで見返して楽しんでいます。

力石に関わる人々の、明治時代からの歴史も見ながら、
当時の人々の息吹きが感じられることが、
力石と力士を愛する姫の筆力から伝わってきます。

No title

one0522さま、コメントありがとうございます。

よそさまのご家庭の事を根掘り葉掘り。ちょっと気になりますが、でも明治から昭和を生きたご一家です。こうした市井の暮らしや喜び悲しみ、また交流など、これは本当に得難い歴史だと思っています。

幸い、ご子孫の方が積極的に情報収集をしてくださり、惜しげもなく提供してくださるので本当にありがたいです。
芸人さんやらウエイトリフティングやら私が全く知らない世界が出て来て、大丈夫かなあなどと自問自答しています。

面白く読んでくださっているんですものね、がんばります。

No title

ちから姫さんてもともと力石が好きなんじゃなくてマッチョ好きが高じて力石に走ったんですね。
女にもてたいおいらがギターやったのと同じです♪

No title

sukunahikonaさま、
それは誤解です!
昔から体育会系は苦手。

明日は久々の東京。5か所ほど野外をウロウロ。
暑そうなのでちょっと心配ですが、気合だァー!

雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞