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幸次郎探し、3年目に突入

東京・隅田川河畔に架けられていた元柳橋
その橋のたもとの柳の根元にあった「大王石」と、
それを担いだ柴田幸次郎を探しているうちに、なぜか話は明治維新に。

そのきっかけになったのは、寄せられた一通のコメントでした。

ブログで、
「どなたか柴田幸次郎を知りませんかァー!」と、呼びかけたところ、
「幕末、フランスへ渡った外国奉行の柴田剛中という人がいる。
幸次郎はその柴田の神田の親戚かも」とのコメント。

あら、うれしやと、
さっそく、柴田剛中(たけなか)なる人物に取り組みました。

中柴田剛 (2)

で、この柴田剛中さんを調べているうちに、
この人のどこまでも真面目で誠実な人柄に惚れ込み、
さらに、
攘夷だ倒幕だと賊どもが騒ぐ中、外国との交渉や日本の近代化へ、
身命を賭して働く幕臣たちの姿に、私はすっかり感動してしまったのです。

だって今まで、
日本の近代化は維新の志士たちの功績だとさんざん教わってきたのに、
全然違っていたんだもの。

彼ら明治新政府の元志士たちが、
「開国、外国との条約締結、外国航路の運航、大資本の商工会の設立、
ロシアとの北方領土の一歩も譲らない交渉などは、
みーんな自分たちがやった」といっていたのに、
それはウソで、本当は全部幕府がやったことだって知っちゃったんですから。

で、肝心の柴田剛中と「幸次郎」とはつながらなかったけれど、
コメントをいただいたことで、
私は明治維新の真実を知ることが出来て、感謝感謝です。

さて、大王石と柴田幸次郎探しは3年目に突入しました。
そもそもの発端は、図書館で見つけた一枚の写真でした。
もう何度かお話していますが、おさらいです。

これです。
img188 (14)
「フランス士官が見た近代日本のあけぼの」より

これは明治9年、お雇い外国人として日本にやってきた
フランス士官のルイ・クレットマンが撮影したものです。

これを見つけた時は狂喜乱舞、
とまではいきませんでしたが、とにかく興奮しました。
だって、ばっちり力石が写っていたんですから(赤丸)。

決め手は石の刻字。力石に間違いないと確信しました。

クローズアップしたのがこちら。後ろにあるのは米俵です。
img188 (15)

「大王石」とはっきり刻まれています。

写真に撮影場所が書いてなかったので、まずは場所探し。
背後の橋が「両国橋」とわかるまで数日かかりました。
そこから糸がほぐれていき、
左はしの大木は、江戸時代からその名を知られた夫婦柳の一本と判明。

この柳の木は元柳橋のたもとにあって、
歌川広重の「名所江戸百景」「江都八景暮雪」に描かれ、
亜欧堂田善の銅版画「両国勝景」にもなっていました。

力石が写り込んだ類似の写真や絵を探したら、出てきました。

こんなのや、
img210 (4)
「古写真で見る江戸から東京へ」より   撮影者・撮影年不明。

このような絵が…。
小林清親の作品「元柳橋両国遠景」
0421-C069 (6)

師匠の高島先生が「絵の中の石、本当に大王石かなあ」というので、
東京都練馬区立美術館の清親研究者にお聞きしたら、
「力石でよいのではないでしょうか。
意識的に描いているにほかありません」と。

で、もう一枚、石らしいものが描かれている絵を教えていただきました。
清親の弟子の井上安治の「元柳橋」です。
面白いのは、
両国橋の向うの特徴的な同じ建物が、写真や絵に必ず出てくることです。

井上保治 元柳橋 (2)
東京都立図書館

どうやらこの元柳橋と柳の木は、
両国橋を写す格好の撮影ポイントのようでした。

だから、フランス士官のルイ・クレットマンも、
その同じ場所で撮影したのだと思います。

で、このクレットマンさんって、一体、どんな人だったのか、
それは次回に…。


<つづく>


※画像提供/「フランス士官が見た近代日本のあけぼの」ルイ・クレットマン
        アイアールディー企画 2005
        /「古写真で見る江戸から東京へ」世界文化社 2001

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こんばんは

何時も勉強をさせてもらって感謝です。
「大王石」でここまで掘り下げて調べなど、
頭が下がります。

本屋で見ましたが、星亮一氏の本で、
「明治クーデター」と言う題がありました。
多分彼の著書には幕府方ですから期待できます。

柳橋、この近所には美味しい店があるので、
以前は出かけていたので、懐かしいやら、
歴史の息吹きにうれしくなっています。

ますます、興味津々で次からも楽しみです。

こんばんは

one0522様
コメントありがとうございます。

「勉強させてもらっている」だなんて、穴があったら入りたいです。
ただ謎解きみたいで面白がっているだけなんです。

星亮一氏の「明治クーデター」、市立図書館にも県立にもありませんでした。残念。でも、明治維新関連の本を検索するとどれも貸し出し中です。それも幕府寄りの本ばかり。何か維新に対して変化がでてきたのでしょうか。

明治初年に東海道を歩いたフランス人の紀行文に「聞いてきたのとは大違いの汚れた静岡浅間神社」「崩れて荒れ果てた駿府城」「この町には将軍だった慶喜がひっそりと隠れ住んでいる」と書かれていました。

なんで慶喜さん、闘わなかったんでしょう。
その辺が今一つわからないんです。

楽しいですねぇ

ここまで次から次へとつながっていくと、読むほうもつい引きずられて読むうちに、書かれている人物に共感を覚えたりして楽しくなります。
ということは、書いているオ姫サマはもっともっと楽しく書いているのでしょうねぇ~。

おはようございます

ヨリックさま
コメントありがとうございます。

楽しく書かせてもらっています。
本好きの母親のおかげで知識はみんな本から。なので、社会に出た時上司から「頭でっかち」と笑われました。

キンダーブック、小学一年生、松島トモコちゃんが出ている少女、あとは兄や姉のヘッセや室生犀星などの本や母の婦人の友なんかを手当たり次第読んでました。

学校で先生が野口英世の偉人伝や小公子なんかを読み聞かせしてくれましたが、優等生?でしたから姿勢を正して聞いていましたが、なにしろ普段は貸本屋で男女の睦言を書いた読切雑誌を貪り読んでいましたから、つまらなくて…。

人と群れることが苦痛なのと本の世界の虜になっていたので、やっぱりどこかイビツに成長したのかもしれません。
「好きです」といわれてもいじめを受けていても、トンと気づかないくらい世間知らずでしたから、よくここまで無事に生きてきたなあと自分で驚いているくらいです。
プロフィール

雨宮清子(ちから姫)

Author:雨宮清子(ちから姫)
昔の若者たちのスポーツ「石上げ」に使われた「力石(ちからいし)」の歴史・民俗を調査研究しています。力石のことを少しでも知っていただけたら嬉しいです。

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