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一体、どこから?

斎藤ワールド
10 /26 2016
埼玉在住の研究者、斎藤氏が見つけた力石。

「東男の大石持 國技を偲ぶ 江戸趣味力遊び 
 昭和二十□年 喬太郎」

ふと、この石はどこから来たんだろう、
喬太郎とは誰なんだろうかと思い始めました。

そこで墨田区役所へ問い合わせました。
役所では他県の見ず知らずの私にもきちんとお返事をくださった。
それが嬉しい。
ですが、その内容にはがっかり。

「その力石については文化財関係者でも道路公園課でも把握しておらず、
調査を行っていないのでわからない」

斎藤氏はこの力石を発見したその足で、
「すみだ郷土文化資料館」を訪れたそうですが、
資料館職員も全くわからず、
墨田区の石造物資料や地誌などを調べても何も出てこなかったそうです。

1斎藤桜もち (2)
東京都墨田区向島 撮影/斎藤氏

これ、「石庭の隅田川」というのがどうやら正式名称のようです。

隅田川の石でその隅田川の流れを表現した庭だそうで、
この川沿いに4ヵ所あるとのことです。

斎藤氏から追加で送っていただいた写真「石庭」の一部。
自転車(赤い矢印)の左前方に、「東男」の力石が置いてあるそうです。

1斎藤石庭

車道に向けて撮るとこんな感じだそうです。
みなさん、探してみてくださいね!

2斎藤石庭

でも、不思議ですよね。

これだけきれいな、これだけはっきり刻字のある石なのに、
元はどこにあったのか、「喬太郎」はどこの誰なのか、
書家なのか、それともこの石を持った力持ちなのか、まるでわからない。

近年、誰かがどこからか持ってきたはずなんですけどね。

斎藤氏のさらなる調査に期待したい。

たまにこの「石庭」のことがネットに出ていても、
石に文字が刻んであることに気づいた人は、斎藤氏以外誰もいません。

img295 (3)

だから、墨田区役所さんには、
力石を持ち上げる男たちの心意気をお持ちいただき、
人に踏まれて文字が磨滅しない配慮と、
これが「力石」であることをアピールする粋なはからいを、

切に願っています。

強調文=追伸=
 
四日市大学の高島愼助教授からメールをいただきました。
 
喬太郎については、書とあるので字を書いた人でしょう。
かつて「東京の力石」を出版した際、
「平塚弁?」「玉山厚」を調べました。
その際、某氏から教示されました。過去には有名な書家でなくても、
上手な字を書く人はたくさんいたということでした」
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コメント

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No title

下町育ちなのに全く力石なんてものには目もくれませんでした。奥の蕎麦屋に目が行ってしまうあたり、長屋の八っつぁんには学者さんの素質なんてありゃしません

おはようございます

sukunahikonaさま
コメントありがとうございます。

蕎麦といえば昨日、食べました。信州そば。
このお店ではわさびをたっぷり出してくれて、お持ち帰り用の袋まで用意されています。

昨日は生が一本ついたザルをいただきました。
これを持ち帰り熱々のごはんにすりおろし、カツオ節と海苔と醤油をちょっと入れてかき混ぜて食べます。私のお気に入りです。

江戸末期、深川八幡で力比べがあって、そこへ60歳ぐらいの老人が飛び入り。
難なく担いで2,3回上げ下げして立ち去った、という話があります。もしかして、sukunahikonaさんのご先祖だったりして…。

下を向いて歩こう

ちから姫様
このような往来にも力石があるのですね。
しかも新発見となるようなものが!
いつもきょろきょろしている路傍学会ですが、
下にも注意して歩こうと思います。
思わぬ発見を求めて。
 路傍学会長拝

おはようございます

路傍学会長さま
コメントありがとうございます。

この発見には本当にびっくりしました。
でももっとびっくりしたのは、区役所で何もわからなかったことです。明らかにどなたかが意図的に置いた石なので、どこかにご存知の方がおられると思うのですが。道路を作った方なら、あるいは…。

路傍学会長さんは本当によく歩かれていて、居ながらにして一緒に探訪している気分になります。時々、下も向いて思わぬ「お宝」を見つけてください。

雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞