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密航

柴田幸次郎を追う
10 /17 2016
イギリス公使オールコックの手引きで、
ヨーロッパ6か国へ出かけた第1回遣欧使節団

目的の「開港・開市延期交渉」を成し遂げて帰国したとき、
9か月前に自分たちを送り出した安藤信正は失脚し、
安藤体制が瓦解していたことはすでにお伝えしました。

新たに実権を握ったのはケーキさんこと一橋慶喜松平慶永でしたが、
しかし、新体制になっても国の乱れは収まりません。

「あっ、危ない! ケーキさん。頭上から敵の襲撃が…」

とは、埼玉在住の研究者、斎藤氏の路上観察物件に、
私が勝手につけたセリフです。
ケーキさん、恐怖のあまり頭から冷や汗ならぬ白い湯気が…。

2斎藤路上観察

吹き荒れる攘夷派を抑える手立てはもはや「横浜鎖港」しかない。
そう考えた幕府はヨーロッパへ2回目の使節団を送り出します。

以前にもご紹介した池田長發(ながおき)を正使とし、
副使に河津祐邦(すけくに)、目付として河田煕(ひろむ)を人選。
今度はフランス公使ロッシュの手引きで、
文久三年(1863)12月、フランスへ。

それと入れ違いのように、
イギリスへ密航していた長州藩の井上聞多=馨=が帰国します。
井上聞多(馨)はのちに明治新政府の外相などを務めた人です。

これは井上馨が明治29年に、
現在の静岡市清水区に建てた5万坪の別荘「長者荘」です。

img171.jpg
「興津地区年表」より

赤丸は明治43年に建立された井上馨の銅像。
観音様もどきの巨大な銅像を作るなんて、なに考えてんだか。

興津(おきつ)は気候温暖、風光明媚なため、
多くの政治家や実業家たちが競ってこの興津に別荘を建てました。
その中心的存在だったのが、
最後の元老と言われた西園寺公望です。

西園寺の別荘「坐漁荘」(ざぎょそう)には、
東京から政治家たちが続々とやってきます。
天皇を補佐、首相候補者の推薦など、国政の最高機関的存在だったため、
その力を頼っての来訪です。「興津詣で」といわれ、昭和初期まで続きました。

若かりし頃の西園寺公望です。
CIMG1902 (2)
静岡市清水区興津清見寺町 「坐漁荘」

さて、第2回遣欧使節一行とすれ違うように帰国した井上聞多
密航前はガチガチの尊王攘夷の過激派で、「イギリス憎し」とばかりに、
文久2年(1862)、27歳の時、高杉晋作を隊長とする一団に加わり、
品川御殿山に建設中のイギリス公使館を焼打ちします。

井上の役目は「火付け役」だったといいますから、
本来なら、八百屋お七と同じ「火あぶりの刑」です。
「放火犯がのちに政治家になる」、幕末ならではですね。

しかしそのあとすぐ、同じ火付け役だった伊藤俊輔
のちの総理大臣・伊藤博文ら総勢5人でイギリスへ密航。
そこで欧州の政治、文化、軍事などを目の当たりにして、
開国派へと転向します。
正確には開国・討幕派です。

こちらは、西園寺公望の棺が坐漁荘を出発するところ。
西園寺はここで昭和15年、91歳で亡くなりました。

img172.jpg
「興津町誌」より

この西園寺の死去を境に、
興津は別荘地としての精彩を急速になくしていきます。

一方、井上馨は西園寺に先立つこと25年前の大正4年(1915)、
「長者荘」にて79歳の波乱の生涯を閉じました。

5メートルもの銅像は第二次大戦のとき、軍へ供出。
しかし没後60年を経て、
地元の人たちの手で新たに清見潟公園の片隅に座像が建立されました。

5万坪もの「長者荘」はどうなったかというと、
昭和20年の米軍による空襲で灰じんに帰し、現在はその跡地に、
静岡市埋蔵文化財センターが建っております。

その近くの清見神社力石があります。
これです。
CIMG0162 (4)

もう何度かお目に掛けたので、見覚えがあるかと思います。
井上侯も力くらべをご覧になっていたとしたら、ちょっとルンルン。

この町で見つけた珍しいものをお見せします。

古刹・清見寺近くの耀海寺という日蓮宗のお寺があります。
そこの手水鉢です。

「京都 大坂 定飛脚宰領中」とあります。

CIMG1929 (2)
静岡市清水区興津本町

<つづく>

※参考文献・画像提供/「興津地区年表」興津地区連合自治会、
           興津公民館 昭和56年
          /「興津町誌」興津町 昭和36年
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雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞