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もう一人の柴田

柴田幸次郎を追う
09 /07 2016
柴田勝次郎率いる「柴田連中」とは別に、
柴田姓を名乗る力持ちがいました。

「柴田四郎右衛門」です。

四郎右衛門の名の入った石は1個しか確認されておらず、
また、柴田連中の力石に四郎右衛門の名は見い出せませんが、
住まいは同じ神田、活動時期も同じ文政期であることから、
柴田連中とは何らかの関係があった可能性も捨てきれません。


石の刻字の筆跡も、両者とも似ているんですね。

なので、ここでは四郎右衛門の持った石も「柴田連中」の
5個目の力石としてカウントしました。

四郎右衛門の力石です。(千代田区指定有形民俗文化財)
CIMG0812 (3)
110余×73×32㎝ 東京都千代田区外神田・神田神社

「奉納 大磐石 神田仲町二丁目 
 柴田四郎右衛門持之 文政五年壬午三月吉日」


この神田神社(神田明神)の祭りの様子が、
斎藤月岑「東都歳時記 2」九月に載っています。

「産子の町数六十町 番敷三十六番 
各山車ねり物に善美をつくし、壮麗鄙人の目を驚かしむ」

神田明神の祭礼は、
山王(千代田区・山王日枝神社)の祭りと共に、
御用祭り、天下祭り といわれ、
大江戸の二大祭礼だったそうです。

御用祭りとは、徳川将軍のご上覧がある祭りのことです。
将軍様が見るとなれば、いやが上にも盛り上がります。
年番に当った町内の者は、

「力の限り、魂の限り見栄を張り、
祭りのためなら妻子を売りとばしてでも衣装に贅をこらした」


ご上覧ゆえ、山車は牛車に牽かせたそうです。

img119 (2) img120 (2)

右の山車は「岩に松竹梅」でしょうか。こんなのもあったんですね。
ほかに「弁慶」「龍神」「乙姫」など36もの豪華な山車が道を連ねたそうですから、
その華やかさや人々の熱気が目に浮かぶようです。

現在の神田明神の祭りの写真を埼玉の斎藤氏が送ってくれました。
「妻子を売りとばしてでも」はもうないでしょうが、
今も変わらぬ「人、人、人」

DSCF7477.jpg

先日、知人から電話をいただきました。
なんだか興奮しています。

「力石、見ました!神田で。神田神社にありました。
 あんな大きな石だとは思わなかった。
 あんなのを担いだなんて信じられない!」


今まで、全く興味を示さなかった方ですが、

まあ、「百聞は一見にしかず」ってことですね。

<つづく>

※参考文献・画像提供/「東都歳時記」斉藤月岑 天保9年 
         復刻 朝倉治彦・校注 平凡社 1970
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コメント

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百聞は触るにしかず

こんにちは。いつもお世話になっております。
う、うわわわ、すごい人出!通勤電車も真っ青ですね。
そうかぁ、私、売り飛ばされてしまうのかぁ。

・・・食べるし呑むから、さぞかしお安かろうと。

力石、そうなんですよねっ。こちらでいろいろ教えていただいて、実際にこの目で見て、さらに手で触れた時の感動ったら!

うふふ、うふふ、っと笑顔で撫でてしまいましたもの。

四郎右衛門さんの力石も、触ってみたくなるお姿ですね。

石には触ってください

つねまる様
コメントありがとうございます。

「触れるにしかず」、ホントにそうですね。
力石のいいところは文化財になっていようが雨ざらしですから、「触っちゃダメ」とはならないところです。
むしろたくさんの人に触られることで、手の脂がついてツヤが出ます。

美空ひばりもここ神田明神の歌を唄っていますね。「神田明神スチャラカチャン」とか。
「お祭りマンボ」というのもありました。

お祭り好きなおじさんは家が火事になってもお神輿担いでワッショイワッショイ。お祭り騒ぎが大好きなおばさんは家に空き巣が入ってもテンツクピーヒャラ。

でもお祭りが終わって我に返った二人の前には「いくら泣いても後の祭り」という現実が…。

つねまる様を始め、皆さまに力石のことに興味を持っていただいたり、
力石を実際見てくださったり…。
ブログをやってよかったなあとしみじみ思っています。

江戸の山車

江戸の祭りの賑わいが伝わってくる絵ですね。
埼玉の川越(今は小江戸と称しています)には江戸ツ子が夢中になった祭りが伝わっています。古くから伝わる山車もありますが中には関東大震災や戦後の混乱で江戸の町が廃れてしまって町内で山車を繰り出せなくなって川越に移されたものもあるようです。

一度行きたい小江戸

安田さま
コメントありがとうございます。

埼玉県は2年前、高島先生の講演があって越谷市へ行ったきりです。行ってみれば近いのに、なぜか遠くに感じてしまいます。ダメですね。

でも川越宿、小江戸へはぜひ行ってみたいと前から思っていました。戦災にも遭わなかったそうですね。
「川越に移された山車」。そういう歴史があったとは。

埼玉県は日本一の力持ち、日本一重い力石、約2600個という日本一力石を所有する県です。

川越にも舟運に従事した人たちの石があります。
新河岸・日枝神社(厳島神社横)、砂の氷川神社、下老袋の氷川神社、元町の六塚稲荷神社ほか多数。
私の住む静岡県は力石貧困県ですから本当に羨ましいです。

雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞