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男が惚れる

柴田幸次郎を追う
08 /29 2016
木場の話をもう一つ。

深川木場で川並をやっていた方、
明治18年生まれの湊庄吉さんの聞き書きです。
聞き書きが行われた昭和39年当時、79歳。
川並鳶としての風格が滲み出ています。

img116.jpg
「続・職人衆 昔ばなし」より

「川並というのは木場の筏乗りで、
昔は仙台堀と油堀と新地の口が木場へ出入りする喉元で…」


「紺の股引きに紺の長半天、菅笠の緒をキリッと締めた川並が、
手慣れの竿鍵一本で、混み合う大川の河口を乗り切る姿は、
男が男に惚れたくなるような見事なもんでした」


男が惚れる? いやいや女は大惚れです。

湊さんは阿波の徳島出身。13歳で木場の材木商の小僧になった。
13歳で20貫(約70㎏)の材木を担げたそうですから、
昔の人は本当に凄い。

歌川広重「江戸名所百景」深川木場
2深川木場

「下は股引きですが上半身は裸。
麻で縫った肩当てを右肩にヒョイとのっけてから担ぐんです」

「股引きの色は19歳までは浅葱色で、19歳からは一人前の黒。
ああ、早くパリッとした黒の股引きをはきたいなあと何度も思った」


「19歳になったとき、憧れの黒の股引きをはけるようになり、
50貫目(約185㎏)ぐらいの材木は担げるほど力もついた」

この深川材木町には、
「世に隠れなき名筆」と言われた書の大家、三井親和が住んでいた。
この人が揮毫した力石の一つをお見せします。

墨田区の吾妻神社の力石です。この中に2個あります。
CIMG0882.jpg

三井(深川)親和揮毫の力石 作図/伊東明教授
CIMG0888.jpgimg117.jpg
83×48×21㎝

「元木場材木町 金七擔之 正目五拾貫貮百目 深川親和書」

「擔之」は「これを担いだ」という意味です。
正目とは「正味」=正確に量った重さの意。

高島愼助教授によると、「切付(きりつけ)八掛け」という言葉があって、
力石の多くは、その石に刻まれた貫目の八掛けが、
正味の重量とされていたそうです。
つまり刻字(切付)された貫目の2割引きが実重量ということになります。

だから、「自分は刻字(切付)通りの重さを担ぎましたよ」と証明するために、
わざわざ「正目」と入れるわけです。

金七は元木場材木町の住人で、石も担いだ力持ちの石工です。
それにしても金七さん、
「五十貫貮百目」とはチト細かい。

<つづく>

※参考文献・画像提供/「続・職人衆 昔ばなし」斎藤隆介 
          文藝春秋 昭和43年
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コメント

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有東木の盆踊り

以前、有東木の盆踊りで、姫サンが踊っていたのを(ブログで)拝見したことがあります。
今日テレビで有東木の盆踊りを見て、姫の踊る姿を思い出したので、もう一度姫のお姿を拝見致したく、あの時のブログの名前と年月日あたりを教えてくださいな。

有東木の盆踊り

ヨリックさまはよほどここの盆踊りがお気に入ったようですね。

私が出ているのは、
民俗芸能の2015年8月11日と古典芸能の2014年6月18日です。

ここ5、6年ほどは、市文化財課でバスを仕立てて連れて行ってくれましたが、担当していた学芸員さんが別の部署へ転出するなどで止めてしまいました。

集落から招待状をいただきましたが、車がないのとあっても山の中なので慣れていない人は行かれません。私の有東木通いも終わりました。

今計画中の博物館も目的は観光客の集客なんですね。収益ばかりを追求して本来の使命を忘れています。これでは山間部はどんどん置いて行かれて、ますます過疎化が進むと思います。

盆踊り姿

ありがとうございました。
素敵なお姿を見せていただきました。

No title

湊庄吉さん。
古材でこさえたようなガッシリとした容貌と身体・・・。その彼が語る川並鳶が目に浮かぶようです。余程粋で鯔背だったのでしょうね。

いぶし銀のような…

弥五郎丸さま
コメントありがとうございます。

「粋でいなせな…」
もうなくなってしまった世界なんでしょうか。

「菅笠の緒をキリッと締めて、竿鍵一本で大川の河口を乗り切る姿…」、もうググッときてしまいました。

雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞