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諏訪神社「は組」の変遷

群馬県伊勢崎市境萩原の諏訪神社に残る「は組」の力石。
前回、ゴミ置き場が作られてしまった残念な姿をお伝えしました。

なにしろ私は、
こんな状態になってしまった力石を今までも目にしてきたので、
「またか」という落胆と寂しさがフツフツと。

そうした一例です。
三島市・三嶋大社 (3)
静岡県三島市・三嶋大社

「奉納 力石 元飯田町金蔵 彦太郎 福□真□ 直吉」

江戸の力持ちたちの名前がずらりと刻まれています。

以前は宝物館の前に説明板とともに保存されていましたが、
現在は裏の藪に放置。というか、放り投げられている。
宮司さんにも総代さんにも再度の保存をお願いしましたが、ナシのつぶて。
どなたも「力石」という言葉も知りませんでした。

現在、この藪の中に立ち入ることもできません。

こちらは石段にされてしまった力石です。
当事者にも、もうどれが力石だったかわからないとのこと。

CIMG0082 (4)
静岡県賀茂郡河津町・河津八幡神社

石段にされた力石は3個
以前は下の写真の河津三郎の力石「手玉石」のうしろに、
台座に乗せてきちんと保存されていました。

別の場所にあった河津三郎モニュメントのスペース確保のため、
3個の石が邪魔になり、石段にしてしまったそうです。

CIMG0083 (5)

では、伊勢崎市・諏訪神社の力石の場合、以前はどうなっていたのか、
埼玉県の研究者で関東地域で次々と新発見をしている斎藤氏と、
力石研究の第一人者・高島愼助四日市大学教授の助けを借りて、
お伝えしていきます。

今から47年前1969年発行の「境風土記」には、
地元の人の談話として、こう書かれています。

「境内に転がっているのは重さ八十貫もある力石である。
私らが転がそうとしてもびくともしないヤツを担ぎあげた人がいたのである。
この石は境町の唯一の力石。
知らずにいて失ってしまうのは惜しいことである」

47年前には力石は境内に一個あり、ただ転がして置かれていたようです。

この力石のことは、2003年発行の「境の石造物」にも取り上げられており、
「個人名はわからない。恐らく江戸火消し「は組」に属した者。
八十貫は300Kgで、これは米俵5俵分の重さである」

2007年に、高島教授がここを訪れています。
そのときの写真です。

神社群馬・長野の力石諏訪
左が「は組」の力石で70×57×18㎝ その横の力石は82×40×35㎝ 
撮影/高島教授

「このころはまだ前からきちんと写せました」と高島教授。
ですからこれが、「は組」力石の本当の姿ということになります。

47年前は「町で唯一の力石」と記されていましたが、
この時点で2個確認されたということです。

これが現在の状態です。
前の写真と姿が少し違って見えますが同じ石です。黄色の矢印の石も力石です。

1群馬諏訪 (2)
撮影/斎藤氏

以上のことから、
以前は境内に転がっていただけの「は組」は、いつのころか保存され、
そのときにはもう一つ、力石が増えていた。
そして、ゴミ置き場は、
高島教授が訪れた2007年には、まだ設置されてはいなかった、
ということがわかりました。

47年前の地元の方が、
「失ってしまうのは惜しい事である」といい、その後、保存がなされた。
しかし、さきに紹介した静岡県の2例やここの力石を見ると、
後世の人はそれをあっけなく壊してしまいます。

石を壊すということは、これを担いだ人のも、
それを讃え惜しんで保存した地元の方々のをも壊してしまうことだと、
私は思うのです。

「庶民の心の遺産」であることを、どうか忘れないでいてください。


※参考文献/「群馬・山梨の力石」高島慎介 岩田書院 2008

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コメントの投稿

非公開コメント

残念です。

ちから姫 様
かつて大いににぎわった力比べ、
その有様を今に伝える証が失われていくのは寂しいものですね。これは一つの文化が失われいくことと同じだと思います。私が紹介している青面金剛にも随分ぞんざいに扱われているものがあります。先人の思いを考えると、もっと丁寧に対応すべきと思うのですが・・・
 路傍学会長拝

本当に…

路傍学会長様
コメントありがとうございます。

「(力比べ)の有様を今に伝える証が失われていくのは寂しい」
本当にそう思います。
神社や寺にはまた別の都合があると思いますので口は挟めませんが、せめて気に留めていただけたらと思っております。

今、力石の保存は個人が自費でする例が多いのです。でも路傍学会長様を始め、いろんな方が見つけてくださって、ご自分のブログでご紹介くださるので、マイナーな力石も少しずつ知名度があがってきたかと思っております。

No title

私も神社仏閣が好きで、そんな場所で遭遇した力石。幾つも見ていくと扱われ方がまちまち。由来札付きで保存されてる石もあれば、半ば埋没している石もあります。三嶋大社や河津八幡神社の扱いですら羨む力石を見たことがあります。路地の曲がり角に傷だらけで横たわっていました。そうです、車除けにされていたのです。可哀相に・・・。

難しい問題ですが

弥五郎丸さま
コメントありがとうございます。

力石の再利用は昔からありますが、仕方がない面も理解しないといけないとは思っています。
でも設置スペースが十分あり、かつ今まで保存されていたものをあえて取り除くというのが、ひっかかるのです。

社務所自身が書いた説明板なのに、宮司さんが変わると取り払われてしまう。そこがすごく残念で寂しいです。

記録として残す重要性の一端はそこにあると思っています。石を捨てなければ、いつかどなたかが目を留めて、過去の資料をひも解いてくれますので。

がんばろう力石!

こんにちは。いつもお世話になっております。

能楽というものは、っと真正面から論じても反応があるわけはないので、いろいろなものに絡めて便乗して一生懸命お伝えしているように、折に触れ力石さんの紹介が出来るよう頑張ります♪

ちから姫様という先生がおいでなので、私は今、とっても楽しいです。

先生方がご紹介して下さっているものを追いかけることになりますが、私だっていつの日か発見したいですっ。

がんばります!

つねまる様
いつも元気をくださって感謝しております。

つねまる様はご存知と思いますが、重軽石を使った狂言がありますね。

夫の浮気にほとほと愛想を尽かした妻が離婚を決意。石が無事持ちあがったら離婚しようと石占に挑みますが、別れたくない夫が石に成りすまして妻が持ち上げるのをじゃまするという「石神」です。この話、私、好きなんです。

力石はマイナーゆえにみなさんから笑われたりしていたのに、こうして賛同してくださったり励ましてくださったり、このブログを始めて本当によかったです。

がんばろう力石! がんばろう私!

力石の新発見、期待しています。
プロフィール

雨宮清子(ちから姫)

Author:雨宮清子(ちから姫)
昔の若者たちのスポーツ「石上げ」に使われた「力石(ちからいし)」の歴史・民俗を調査研究しています。力石のことを少しでも知っていただけたら嬉しいです。

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