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「は組」の力石

江戸火消しと力石について、少し語っていきたいと思います。

徳川将軍の時代、江戸には3つの消防組織がありました。
幕府直轄の大名火消し定火消し、そして町人で組織された町火消し

この町火消しは八代将軍吉宗のとき、南町奉行の大岡越前守が
名主たちの協力で作ったもので、いろはで組分けされていたため、
「いろは四十八組」と呼ばれていました。

町火消し人足は1万数千人もいたといいますから、凄いですね。

その火消し組に力持ちたちも名を連ねていました。
その痕跡を少し紹介していきます。
写真はすべて、埼玉の研究者・斎藤氏の撮影です。

まずは「は組」。

こちらは群馬県伊勢崎市にある「は組」の力石です。
1群馬諏訪
伊勢崎市境萩原・諏訪神社

なんか変ですよね。
石も説明板も反対側を向いています。

DSCF1766.jpg

「力石の前に大きなゴミ置き場を作ってしまっていて、
正面から全体の写真を撮れません。行政はどうしようもないです」
と斎藤氏。

伊勢崎市さあ~ん! ひどいですよ~!

大谷大学名誉教授で宗教民俗学がご専門だった五来重教授は、
著書「石の宗教」にこう書き残しています。

名もない庶民は記録文献にのるような歴史はのこさない。
のこすとすれば石で造った石塔や石碑であり…(略)

ことに石塔、石仏、石碑は雨の日も風の日も晴れの日も路傍に立って、
通る村人にほほえみかけ、見る人の心をなごませる。
それは子孫に何ものこせなかった先祖たちの心の遺産であると思う」

斎藤氏がどんなにがんばっても、
ゴミ置き場があるため、こんなふうに横向きにしか撮影できません。

3群馬諏訪 (2)

PC操作で縦に直し、刻字が少しでも確認できるよう色調を変えてみました。
でもあまり変わりませんね。
うっすらとしかわかりませんが、左端に大きく「は組」と刻まれています。

3群馬諏訪
70余×57×18㎝

「貫目 八拾貫目 江戸 は組 大願成就」

「は組」の文字の部分です。
こちらもPCで縦にしました。

5群馬諏訪

伊勢崎市文化財課さんと諏訪神社さんへお願いです。

「石碑以外
子孫に何も残せなかった先祖たちの
心の遺産」に、

もう一度、目を向けてください。

この石は、自分たちの「生きた証し」「誇り」を刻んでいった
名もなき庶民の群像です。

その熱き思いを汲み取って、

どうか心ある新たな保存を!

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コメントの投稿

非公開コメント

こんにちは

行政とは、歴史や伝統よりも、単に実利を求めて、
史跡とか昔の記念物に、無頓着でしたが、
最近は見直すようなので、期待できる?

東京も郊外に、ニュータウンを作ったり、
道路の拡張や新設で、散歩で行けるところでさえ、
石仏や石碑を移動して纏めたりしています。
いくつかの神社も別の所に移動させているが、
実際は、計画変更なのか前の場所でよかったのに、
跡地に休憩所のようなものを建てたりしています。
が、以前は夜に餓鬼どものたまり場風にもなっていた。

都市開発で失われた石仏や石碑も多いでしょう。
明治の廃仏での暴挙後も、まだまだ多く見られます。
頭のない石佛は、哀れです。
また、顔を削られたものも惨めな姿をさらしています。



知らない罪

こんにちは。いつもお世話になっております。
まぁー。アスファルトに埋没した石仏様とか、車止めにされた馬を繋ぐ石とか、いろいろありますが、ごみ置き場にこんにちはするのは、ちょっとお気の毒過ぎますね。

これは、伊勢崎市文化財課へ直接連絡するのが一番かと思います。知らないんじゃないかしら。

まぁーひどいと言うだけなら誰でも出来る。
根拠付けて教える事ができる人は少ないです。

あ、その前にこの石とごみ置き場の所在地とごみ置き場設置者が神社なら、諏訪神社さんですね。ちから姫様のお得意先ではありませぬか?

「は」の字を、右向きのかわいい狛犬さんがステップしてると勘違いした私が申すのも何ですが。ほほ。

期待したいです

one0522さま
コメントありがとうございます。

「見直し」に期待しています。
石造物の移動や集合は田舎でも同じです。道路の拡張で行き場に困り、山側のコンクリートの吹付の壁に穴をあけて石仏を納めたりしています。

形あるものはいつかはなくなりますから、仕方がないですが、でもできるだけ大事にしていきたいです。それに石は特別。日本人の石に対する感情はまた特別だと思います。

明後日は灯ろう流しです。
ほんの短い距離を流れるだけで、海の手前ですべて回収されてしまいますが、これを終えて初めて私の夏が始まります。

なんかねえ…

つねまる様
コメントありがとうございます。

力石の横の石柱などにも人名が刻まれていますので、改築か何かで古いものは取り払ってしまったのかもしれません。

確かに直接お願いするのが一番ですね。
ただ今までもほかでやったことがありますが、行政も神社も全くダメでした。
宮司さんだけでなく氏子代表の方にもお願いしてみたのですが…。

まあ、1度や2度で諦めてはいけませんね。ただ、結局、行政や神社を動かすのは、地元の郷土史家さんの熱意なんだと思います。
でもゴミ置き場とはねえ、ホントにがっかり。
「は組」の火消しのにいさんたち、草葉の陰で泣いています。

No title

本当にその通りだと思います。

場所によってはきちんと保存されているところもあり、行政だけでなく、氏子さん含めて神社の今後の課題でしょうね。

心を動かされるもの

たっつん様
いつもご訪問いただき感謝しています。
またコメント、ありがとうございます。

力石や野の仏に夢中になるのは、
滅びゆくものへの自己満足だけの感情移入かもなんてふと、思ったり。

でも杜に魅せられたり、狛犬に魅せられたり、
やっぱりそういうのっていいですよね。


m(__)m

\(^o^)/

特に神社がその地域の文化をどう見ているか・・・。
氏子さんたちが地域の先輩たちの足跡に敬意を表してしるかどうか。
宮司としてその地域の歴史・文化・信仰を理解していない・・・宗教者として完全に失格です!

創建の古さを誇ったり、利益を第一に考えるところが多いと思っています。神社経営という視点から見ればわからないこともないのですが、長い目で見れば、決して長続きはしません。不断の努力がなければ衰退に向かうだけです。

神社仏閣の今後の課題でしょうか。

無責任男 拝

No title

minekazeyaさま
コメントありがとうございます。

神社さんのなさることにあれこれ口を挟むべきではないと思っています。
でも思うんですよ。

例えば頼朝と義経が対面したとき腰かけた石なるものは、大切に境内に置いて説明板までつけてあります。伝説であれ、観光客には喜ばれるでしょうから、それはそれでまた楽しい「歴史の土産話」となっていいと思います。

でもかつて境内で江戸の力持ちが勢ぞろいして巨石を担ぎ、みんなを驚かせて沸かせた、そんな出来事も大切な歴史の一コマではないでしょうか。

力持ちは頼朝のような有名人でも高貴な人間でもないし、どちらかといえば下層階級の者たちの見世物興行。消したい歴史なんでしょうかねえ。

でも少しでも理解していただければと思っています。

残念です

「江戸火消しと力石」 のカテゴリが出来て嬉しいです。参考にさせていただきます。

「心の遺産」、本当に大切にしてほしいですね。

組名の文字は粋

碑之見輩さま
コメントありがとうございます。

カテゴリつくりましたが、そんなにたくさんあるわけではないので、どうなることやら。
逆に、組名が刻まれた力石を見かけましたら、お報せいただけたら嬉しいです。
プロフィール

雨宮清子(ちから姫)

Author:雨宮清子(ちから姫)
昔の若者たちのスポーツ「石上げ」に使われた「力石(ちからいし)」の歴史・民俗を調査研究しています。力石のことを少しでも知っていただけたら嬉しいです。

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