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日緬寺の酒塚

力石
03 /09 2015
またまたお酒の話です。
下戸の私には、酒飲みの醜態に酔いしれるという悪癖がございます。
まったくもって酒飲みはオオバカモノでございます。


友もなく酒をもなしに眺めれば
      いやになるべき夜半の月かな
 蜀山人 

往々にして呑兵衛は、酒を飲む前から自分に酔っております。

飲んでからは夢に酔い、脱俗の境地に酔いしれて、
やがて醒めるに従って、笑いながら泣き、威張りながら怯え、
楽しそうに振舞うほどに侘しくなり、
あれやこれやと理屈をつけて自己弁護しつつ自己嫌悪に陥るという
ただのエーカッコシーでございます。


酒を飲み女を買った報いにて 
       しず心なく鼻の散るらん


酒乱から地位名望も水の泡
       世に大酒の癖は許さじ


許すも許さないもこうなったらもう手遅れ、ご愁傷様ってやつでございます。

酒というものはかくも害毒をもたらすものでありますが、
江戸時代、
この酒の危険性と必要性とを仏教道歌に託して行脚していた人がいました。
美作国(岡山県)の人、飛山長左衛門です。

長左衛門はこの仏教道歌を石に刻み、全国各地酒塚を建てて歩きます。
その酒塚の一つが静岡県沼津市にあります。


これです。
CIMG0703.jpg
長左衛門、22国目の酒塚。
現存する唯一のもの=大本山日緬寺(にちめんじ)
伊豆・下田の個人宅にあったものを昭和19年、現在地へ移転。

上から杯、ひょうたん、樽、ひき臼、膳となっておりますが、
以前は杯の上に笠がかぶさっていたそうです。
ひょうたんの前面には、こんな刻字があります。


宝暦八年十月二十七日
撞鐘        主美作
    供養塔
廻国        飛山氏


裏面には、ひょうたん、樽などに掛けた仏教道歌が刻まれています。
例えば、


くわっけい(活計)は すこしのむのがよひものを
      たる(樽)ほどのめば よいすぎる□□(かな)


そして、一杯いただいで陶然となったときが極楽だとして、こう歌っています。

ごくらくを ねがわばいそげーのみ(一飲み)の
              きえぬうちこそ のちのよのたね


お隣の三島市>には、こんなお墓がございます。
急坂で難儀する旅人を助けて、箱根路を往復した雲助・又四郎の
「雲助徳利の墓」です。


img567.jpg
盃と徳利を彫付けた墓標
=旧東海道・箱根峠から三島へ下る石畳終点付近

終生、酒を愛した又四郎のために仲間たちが建立したそうです。
いい人だったんですねえ。


本来、雲助は「浮雲のごとき境涯ゆえに雲という」そうで…。
街道や峠に出没した盗賊とはわけが違う。
駕篭を担ぎ、旅人の荷を背負って駄賃をもらうれっきとした労働者。
民俗学者の柳田国男も言っています。

「雲助の親分は一種の人傑なり。大雲助なり」

又四郎はきっと大雲助だったに違いありません。

ね、羅漢さんもそう思いません?
img570.jpg
のんびりと将棋に興じている羅漢さん =沼津市・大通禅寺
   
珍しい酒塚のある大本山日緬寺のつづきは、またあした。

※参考文献
/「日本酒仙伝」篠原文雄 読売新聞社 昭和46年
/「禁酒文芸 百人一首」小諸禁酒会編 日本国民禁酒同盟出版部
大正12年 仙台郷土史研究会会員・佐伯昭氏所蔵
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コメント

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五輪塔

酒塚がこんなものだとは知りませんでした。
注意してみないと見過ごしますね。
いつもいつも面白い話題を提供して下さって、開くのが楽しみです。

No title

ヨリック様
コメントありがとうございます。

年代は新しかったと思いますが、
袋井市の可睡斎に酒塚観音があります。


雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞