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〽ありゃりゃりゃりゃよいやさ

力石余話
03 /06 2015
突然ですが、七代目市川団十郎です。
江戸後期の歌舞伎役者。


右側の人が七代目団十郎。「梅王丸」を演じています。
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歌舞伎「菅原伝授手習鑑・天拝山の段」 文化9年市村座上演。一世豊国筆

福岡の大宰府へ流された菅原道真を慕って都からやってきた梅王丸から、
藤原時平の陰謀によって配流されたことを知った道真は、
雷神となって天拝山の頂上から京の都へ飛び去っていく、という物語です。

左の人は道真を演じる市川団之助です。
今、雷神となって天拝山から飛び立とうとしているところです。


それはさておき、
七代目団十郎の俳号の一つに「寿海老人」というのがあります。
名優のこの俳号をつけたお酒が、かつてあったそうです。


これがそのマーク。
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江戸末期の人、喜多川守貞「守貞漫稿」の中で、
銘酒としてこの名をあげています。

七代目は7男5女の子福者でありましたが、団十郎の名を襲名した長男は、
幕末の嘉永7年、興行先の大阪で突如謎の死を遂げてしまいます。

   ※戸板康二の「團十郎切腹事件」に詳しい。

「当八月六日、於大坂八代目市川団十郎変死の由聞ゆ。いたましき事也」
  =三代目中村仲蔵「手前味噌」より

人気絶頂だった30歳で自刃した八代目団十郎
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「鬼神のお松」で夏目四郎三郎を演じる八代目団十郎。三代豊国筆

再び、七代目団十郎へ戻ります。
この荒事の名優が娘姿で踊ったのが「近江のお兼」。

お兼は鎌倉初期に近江の琵琶湖のほとりに住んでいた遊女で、
誰にも止められなかった暴れ馬を、
高足駄でちょいと踏んづけて止めた大力の持ち主だったと
か。

「近江のお兼」です。
img565.jpg
「文政版見世物語」所蔵

長唄「近江のお兼」には、
〽色気白歯の団十郎娘と歌い込まれていますが、

私がお伝えしたいのは、こちらの歌詞です。


〽力試しの曲持ちは 石でもごんせ 俵でも
ござれござれに差し切って
五十五貫もなんのその 中の字きめし若い衆も 女子にゃ出さぬ力瘤


ここに出てくる「五十五貫」とは、
「富岡八幡宮」にあるこの力石のことなんです。
CIMG0783 (3)
富岡(深川)八幡宮=江東区富岡 江東区有形民俗文化財

そして、「中の字きめし若い衆」は、
この石に刻まれている「中村弥兵衛」のことだったのです。
力石や力持ちが長唄に唄われ、
それを歌舞伎の名優が踊ったなんて、すご~い!


〽今じゃ中の字 文化財でござる
     よいやなよいやな ありゃりゃりゃりゃよいやさ

※画像提供
/「もう一つの日本美」広末保 美術出版社 1965
/「近世風俗事典」=喜多川守貞「守貞漫稿」の現代語訳
監修江間務ほか。人物往来社 昭和42年/「見世物研究」朝倉無声 昭和3年
/「名作歌舞伎全集・第2巻」監修戸板康二ほか。東京創元新社 昭和43年
※参考文献/「手前味噌」三代目中村仲蔵。郡司正勝校註 青蛙房
昭和44年
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コメント

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はじめまして

はじめまして。つねまると申します。
様々な史跡を求めて関西をうろうろしております。神社で見かける力石が気になってお邪魔しました。
なるほど、歌舞伎の言葉に唐突に出てきた重さを示す根拠は、力石の事ですか。秤の重石かと思っておりました。

境内のあちこちにころころしている力石、これからも勉強させていただきます。よろしくお願い申し上げます。

No title

つねまる様
コメントありがとうございます。

つねまる様のブログ、いいですね。
女一人ではなかなか踏み込めそうにないところばかりで、
しかも魅力的な場所ばかり。
これからもおじゃまして楽しませていただきます。

またこちらのも時々のぞいてください。

雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞