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いつの間にか「傘寿」㉝

いつの間にか傘寿2
01 /25 2024
生まれたばかりなのに息子は結膜炎になった。
目をひっかかないようガーゼで手袋を作って両手にはめた。

目薬でかぶれたのか、頬に湿疹。
パンパンに太って平家ガニみたいな顔で、ニコニコとよく笑う。

いただいたベビー服を箱から出して息子の体に合わせてみた。
一歳児のものだったから、ダブダブで潜水服みたいで笑った。

早く大きくなることばかり祈って、カレンダーの日付を消していった。

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抱き上げて一緒に鏡の前に立ったら、ふと不思議な気持ちに襲われた。

「お前の顔はお前自身のものなのに、
横顔はまぎれもなくSの母親のものだし、真正面は従姉妹の〇〇ちゃんだ。
お前はお前の体を流れる何百年もの先祖の血を、
なぜそんなにも体現できるの?


みんなは私に似ていないと言う。似てなんかいなくていい。
なによりもお前自身であって欲しいから。
自分に誠実に生きてほしい。素敵な恋をしてほしい」


M編集長が言った。
「結婚してお前が素直な生き方に入ったのは良かった」と。

これが素直な生き方? そうじゃないよ。

M編集長は「お前さんはいつもトンガってていけねぇや」って言ってたから、
「平穏な」「普通の」と言いたかったんだろうけど、
そういうことじゃないんですよ。

私はとんでもない間違いをしてしまったんじゃないかって、そればっかり。


産後の出血が止まらない。左目までかすんできた。
奥歯まで痛み出したので歯医者へ行ったら、「全く異常なし」と言われた。

でも歯痛は収まらない。「抜いてください」と医者に言ったら、
「健康な歯を抜くことはできない」と。
「構わないから抜いてください」と懇願して抜いてもらったら、すっきりした。


医者が言った。「疲れているんだね。ストレスだよ」
私もそう思った。これは一種の自傷行為だ、と。


「ちゃーちゃん(おかあさん)、疲れちゃった」。
息子は私も父親も「ちゃーちゃん」と呼んだ。

「オイ!」という声でハッとしたら、茶碗と箸を持ったまま眠ってた。
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つくづく思った。
私は自分の若さの使い方を知らなかったのではないかって。

何をやっても中途半端で。飽きたのでもなく夢を失くしたのでもないのに、
続けることを止めてしまう。

怖くて恋などできなかった。飛び込んでいく勇気がなかった。

小学一年生の時の私はそうではなかった。
あのとき私は「とおるくん」に恋をして、猛烈なアタックをかけた。


休み時間になるとあの小さな木の椅子に二人で座った。
密着した腰と腕からとおるくんの体温が伝わってくるのが嬉しかった。

周りなんか見えなかったから、
級友たちに嗤われても先生からイヤらしい目で見られても平気だった。


でもある日、悲喜劇ともいうべき出来事が起きた。
いつものように二人でぼーっと座っていたとき、
溜まりに溜まったおしっこに気づいて慌ててトイレを目指したが、
時すでに遅く廊下で大洪水。恥ずかしさで泣き泣き家へ帰った。


それから間もなく、とおるくんはいなくなった。
風の又三郎みたいに消えた。
先生は「お父さんの転勤で遠くの町へ引っ越した」と言ったが、
私のせいだと思った。


母が送ってくれた安産守り。
上に載っている輪は「赤ちゃん取り違え防止」の足環。
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それから15年。22歳になった私は、
ようやく新たな「とおるくん」を見つけた。Kさんといった。

「とおるくん」がいなくなったのは自分のせいだと、
ずっと罪悪感を背負ってきたのに、Kさんを見たら、
たちまち小学一年生のときのあの熱情に包まれた。

でも、風の又三郎になって風のひゅーひゅー吹く晩、
また私から去っていくのではないかと怖気てもいた。

部署が違うKさんとはなかなか会えない。Kさんからなんのアプローチもない。
私なんかに関心がないのかもと思い悩みつつも、恋しさばかりが募る。

悶々とした日々が続いたある日、ポエムの友人に打ち明けたら、
「ちゃんと告白しなさい。でないと一生後悔するよ」ときつく叱られた。

だが、とうとう告白する勇気も機会もないまま、
私はSの申し出を受けて結婚した。

結婚式の披露宴で祝辞が始まった。その何人目かにKさんが立った。
Kさんは直立不動のまま、口ごもりつつ言い出した。

「僕はあなたを憎からず思っていました」

結婚式の最中に花嫁の私への愛の告白だった。

「お前、何言い出すんだよ」と、
友人が慌ててタバコに火をつけて煙を吹きかけた。
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雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞