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いつの間にか「傘寿」㉞

いつの間にか傘寿2
01 /28 2024
実家の母から、お宮参りの祝着が送られてきた。

長兄のとき使った祝着だった。


母は21歳で結婚。年子で長姉と長兄を出産した。このとき23歳。
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夫のSが「宮参り? くだらねぇ」と言うかもしれない。
そう思いつつ祝着を見せたら、意外にも「行く」と言う。

さっそく、近くの氏神さまと思しき無人の神社に出かけた。

母のように正装してという訳にはいかなかったが、
神さまにこの子が生まれた報告と無事成長を願うことができて安堵した。


お宮参り

Sの態度も少しずつ変わってきた。

だが珍しく抱っこして「ねんねんよ」をやれば、
振り回し過ぎて柱に赤ん坊の頭をぶつけて大泣きをさせてしまうし、
相手をしてもすぐ飽きてほっぽり出す。

元日を過ぎてからSの実家へ挨拶に行ったら、
義姉から「夫の実家には元日に来るものだ」と言われた。

赤ん坊を連れての外出は大変だった。
生後4か月の息子を背負い、おむつやミルクを持って出かけたが、
Sはなぜか私と離れて電車に乗った。


綿入れのねんねこ半纏に大荷物を持った私を気の毒に思ったのか、
中年のおじさんが「ここに座りなさい」と席を譲ってくれたが、
Sは遠くにいて知らん顔でいた。

息子が動物園や遊園地を喜ぶ歳になったときも、
「人のいない日なら行ってもよい」なんて言っていたから、
父親として見られることに抵抗があったのだろう。

家では息子と自分にヒゲをつけて面白がったりしていたが…。
父と

翌年、私たちは出来たばかりの団地に引っ越した。

職場からまた遠くなったが、風呂もトイレもダイニングキッチンもあり、
部屋数も増えてやっとまともな暮らしになった。

意外なことに、
結納のとき「うちは形式的なことはしませんから」と言っていた義姉から、
初節句の五月人形が届いた。

実家の両親からは鯉のぼりが送られてきた。


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生後11か月になりました。あんよはお上手でごきげんです。

今年のお正月、次男のところの生後1年の孫に、
この「あんよはお上手」をやってあげたら、大喜びでもっとやれとせがまれた。

だが傘寿の腰が痛みだして、長くは続けられなかった。


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私たちの建物は一番はずれにあった。
出来立ての大団地で立派な商店街も交番も診療所もあった。

ただ私は買い物には難儀した。

まだスーパーマーケットのない時代で、店主に注文しなければならず、
私は団地の主婦たちの勢いにはじかれて取り残され、
誰もいなくなってからようやく買い物が出来たという体たらくで、
あまりにも帰りが遅いのでSが見に来たこともあった。


父親としての風格がだんだん出てきて、息子と自然に接するようになった。
ホッとするものの、「階段から落ちて流産してくれ」と言った言葉を、
私は払拭できないままでいた。

それは決して息子に漏らしてはならないことだと、固く心に誓っていた。


団地

向かいは沖縄出身のご家族だった。
ちょうどベトナム戦争のときで、ご主人は米軍の輸送船に乗っていた。
目の大きな美人の小学生が二人いて、息子をよく可愛がってくれた。


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その息子が沖縄に一家を構えて永住。

不思議なご縁だと思った。


    ーーーーー中丸明氏ーーーーー

徳間書店にいた「栗原裕」さんが、その後スペインに渡り、
中丸明というエッセイストとして活躍していたことを最近知った。


新入社員研修の時の栗原氏。
栗原裕

私たち一家が団地に住み始めたころ、その栗原さんがぶらっと訪ねてきた。
「あれ、栗原さんもここに?」と聞いたら「そうだ」という。
私と同期で夫・Sの一年先輩だったが、これまで親しく話す機会はなかった。

朝、ぶらりとやってきて昼飯にカレーを出したらそのまま畳にごろり。
すっかりくつろいで星が出るころやっとお帰りになった。


スペインが大好きで「絵画で読む聖書」「ハプスブルク一千年」など、
スペインに関連した著作があるという。
そういえば家に来た時、フラメンコギターを弾くんだと言っていた。


Wikiで「中丸明」を見たら、「登場人物に名古屋弁をしゃべらせる」
「非常に下品な下ネタが多い」とあって驚いたが、それなら図書館には
ないだろうと思ったら、ちゃんとあったので二度びっくりした。

そして著作を読んで三度目の「びっくり」をした。
スペインへの情熱と家族愛。見事な生きざまだった。


「スペインひるね暮らし」中丸明 文藝春秋 平成9年
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「東京の某所の、公衆便所の真ん前の」「大小便と酔っ払いのゲロの悪臭が
いつもたちこめていて」「乞食が日溜りで昼寝をむさぼっている」
(同著より)
そういう環境にあった「小さな出版社」で30年勤めて退職。
そんなひどくはなかったよ!

27歳のときから毎年渡っていたスペインに、退職を機に住み始めた著者。
酒飲みで女好きでスペイン狂いだが、
常に心にあるのは家族を路頭に迷わせまいとする責任感だった。

日本に残してきた女房・子供と愛猫へも絵はがきを書いたというくだりに、
なんともいえない温かさを覚えた。
2008年没、享年67歳。

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雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞