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いつの間にか「傘寿」㉛

いつの間にか傘寿2
01 /19 2024
10月、私たちは結婚式を挙げた。
人生に一度の晴れ舞台です。

花嫁っていい響きですもの。

Sの「あんなものを指になんてみっともねぇ」のひと言で、
婚約指輪も結婚指輪さえもらえなかった花嫁だったが、
当時の私は強いて欲しいとは言わなかった。


父と母の懸念や忠告も上の空。何が起きてもどこ吹く風です。
何がそうさせたのかって、つらつら考えてみると
一度決めたことはやり通すという忍耐力と自負。

式も滞りなく済み披露宴会場でお客さまのお出迎え。父も母も並んでくれた。
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私は今までどんな困難にも打ち勝ってきた。
母からの理不尽な虐待も逆転の発想で、夕食を作って母を助けて乗り越えた。
だから自分には不可能はないなんて、まあ、自信過剰だったんですけど。


でも人並みに花嫁になれたことには、心底嬉しかった。
式場の手配から招待状、衣装合わせなどすべて一人でやり遂げた。

出しゃばったわけではない。Sは何もせず動かず、何一つできなかったから。

今まですべて一人でこなして自活してきた私と、
一度も家を離れることもなく、すべてを義姉に任せっきりで、
「誰かがやってくれる」ことを当然のように思ってきたSとの差。


これがこののち私をずっと苦しめることになるとは、
その時は思い至らなかった。

花嫁衣装は二着。


式にはウエディングドレスを、お色直しには着物。
こう決めたのはこの形の方が安かったから。
でもすごく気に入った。

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ハプニングがあった。
美容師さんから「化粧道具は?」と言われて、「持ってこなかった」と。

私はてっきり式場で花嫁独特の化粧を施されるとばかり思っていたが、
化粧品は自前だという。
「このままでも、ま、いいか」と、二人の美容師さん。


だから家を出てくるときほんの少し白粉をはたいてきただけで、
私は皆さんの前へ。

ただ式終了後、母からこっそり叱責された。
「せっかくきれいに産んでやったのに、なぜ化粧をしなかったのか」と。

受付や司会進行はSの友人たちが受け持ってくれた。


私の方は姉や兄たち、親戚の伯母、ポエムの知人、
私の短大時代の恩師などが出席。
会社からゆかりの社員たちが大勢、出席してくれた。

徳間社長もずっとお付き合いくださり、祝辞もいただいた。
内容は覚えていないが、なんだかボソボソ喋っていた印象だった。
徳間社長

佐高信氏の「飲水思源」に、社長のこんなエピソードがあった。

側近の社員の結婚式で祝辞を頼まれた徳間社長、
立ち上がるといきなり、


♪ 逃~げたァ 女房にゃ 未練はなァーいいがァー

と、「浪曲子守歌」を歌い出して、みんなのけぞったという。

これを読んで私はすっかり忘れていたことを思い出し、今になって赤面した。
それは入社して間もなく開かれた新入社員歓迎会でのことだった。


一人ずつ壇上に立ち出身地や出身大学、これからの抱負などを語った中、
どんじりに控えていた私はいきなり浪曲を唸った。

♪ 旅ィーゆけばァ ァあ 駿河の~国にィ 茶の~香りィッ

途中でぺペン、ペンと口三味線。

子供の頃のラジオ番組に「浪曲天狗道場」というのがあって、
聞くともなく聞いていたら覚えてしまって…。


壇上に立ってマイクを前にしたら急に唸りたくなって、いい気持で続けた。

♪ 街道一の親分はァ 清水み~なァ~とオオオの 次郎長オオオ~

みんな呆気にとられ、シーンとなった。
その静寂を破るかのようにヤジが飛んだ。

「おーい! 今のはシャンソンかい!」 会場は大爆笑。

双方の親に感謝の花束。予算が足りなくなって私の手作りの花束で。
父の寂しそうな顔を見たら、ああ、父の分をどうして用意しなかったか、と。
父3のA

結婚後、初めて帰った実家で母から思いがけないことを言われた。
「お父さんは親の代表として感謝の言葉を用意していたのに」

父は毎晩、原稿書きに取り組み、夜遅くまで練習していたと母が言った。

「あんたのためにあんなに一生懸命だったのに、
なぜ、そういう機会を作ってやらなかったのか」と母は語気鋭く私を責めた。

あのとき親族の代表として長兄がしゃべった。
長兄は自分の会社の宣伝ばかりで、私はハラハラしどうしだった。

でもなぜ、母は黙っていたのか。
受付や進行係に伝えていれば父の言葉は実現したではないか。

私は聞きたかった。
原稿を何度も書き直し、暗記するほどまで練習を重ねた父の肉声を。

しかし、その後たくさんの年月があったにもかかわらず、
私はとうとう詫びることなく、父と永遠の別れをしてしまった。


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雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞