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いつの間にか「傘寿」⑭

いつの間にか傘寿1
10 /29 2023
秋の修学旅行が終わると、いよいよ次のステップへ踏み出すことになった。
だれもが進路を決めなくてはならない、
そういう決断の時がきたのです。

来年3年生になれば理数系と文系に分かれていく。
この時期になると、一様にみんなの顔つきが変わってきた。

でも私は相変わらずのんびり、ふわふわしていた。

何になりたいとか、どこの大学を目指すのか、少しも考えていなかったから、
今思うと「お前、バカじゃないの?」としか言いようがない。

子供のために自分たちのすべてを犠牲にして働いてきた両親には、
全く親不孝な不遜極まりない娘だった。

ただ兄や姉たちと同じ道を行くのが当然のように思っていたから、
大学生になって東京へ行くことだけは、私の中で規定路線になっていた。

両親が一番、幸せだったのがこのころではないだろうか。
長女は教師に、長兄は大学生(このころはまだ学帽を被っていた)、
次姉と次兄は高校生。そして私が中学一年生
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そんな中、私はラブレターをもらった。

朝、靴箱を開けたら、室内履きの中に小さく折りたたんだ紙が入っていて、
開けるとこれまた小さな丁寧な字で、なにやらびっしり書かれていた。

「雨宮さんのことを書く僕をお許しください」

今どきの高校生には通じないかもしれない古風な書き出しです。


「好きで、ずっと思っていました。
でも友人からは今は我慢しろと言われています。
これから本格的に勉強しなければいけない時期なのに、と」

それで思いを断ち切ろうと、
電車の車両を私が乗っている車両から、わざと変えてみたとのこと。

私は同じ車両に乗っていたことも全然気付いていなかった。


あの通勤、通学で込み合う車内で私を見つけて、
胸を熱くしていた少年がいたんだと思ったら、急に顔が火照った。

でも、このレターには名前がなかったから誰かはわかりません。
だが、ヒントが書かれていた。

「いつか釣りに行ったとき、お会いした者です」


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アッと思った。
あれは高校一年生の秋ごろではなかっただろうか。もう一年以上も前だ。


その日は日曜日で、ちょうど注文してあったセーターが編みあがって、
浮き浮きしていた時だった。

セーターはクリーム色の地に青い縞模様が二本入ったおしゃれなもので、
外をうろつきたい気分になって坂道を下って行ったときだった。

軽快に歩いていくと反対側から、
坂道を登ってくる釣り竿を持った少年が二人やってきた。
だんだん近づくと、それは同級生で見覚えのある顔だった。


先に向こうが気づいたのか、すでに足が乱れている。

すれ違うとき、背の高い色白の美少年がふいに下を向き、
隣にいたもう一人の少年が困ったような顔で私を見た。

私は揺れる心を読み取られまいと、そのままズンズン坂道を下っていった。

そうか、あの時の…。


だがこの恋はそれきりになった。
彼はこの恋文を出したことで踏ん切りをつけ、志望する大学目指して
勉強に集中していったのだろう。

でもこのラブレターは、別の意味で私を勇気づけてくれた。


あれは高校に入学して間もない頃だった。

登下校の道は広大な梨畑の中にあったから、その日も私と友人は、
梨の白い花が一面咲きほこる美しい道を駅へ向かっていた。
そのとき、
大荷物を満載した荷車が坂の途中で立ち往生しているのを見た。


回り込んでみるとそこには、
いかにも陰険そうなおやじに「役立たず」と怒鳴られ、
鞭打たれている犬がいるではないですか。

犬は痩せこけた肩にロープを食い込ませて、荷車引きの助手をしていたのだ。

かなり酷使したのだろう。犬の体は変形して見るからに痛々しい。


「ひどーい! ぼくの先輩がそんな目に遭ってたなんて」
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こんな光景、江戸末期や明治、大正の錦絵でも見た事がない。
貧しさの極限みたいな「今どきあり得ない現実」を目の当たりにして、
私はいたたまれなくなり、

「義を見てせざるは勇なきなり」


とっさにカバンを友人に預け、
スカートをたくし上げて荷車の後押しをした。

ようやく坂の上に上がって、礼も言わずに立ち去る荷車引きを見送り、
友人を振り返ると彼女はさっきの場所で固まっている。
近づくと真っ赤な顔で睨まれた。

「恥ずかしくて恥ずかしくて。みんなが笑っていたじゃない!
またあんなことをするなら、もう一緒に歩かないから!」

笑って通り過ぎた生徒たちと、これから同じ電車に乗らなくてはならない。
駅までの道々、彼女はそればかりくどくど言い続けていた。

でもそんな「恥ずかしい」私を、ずっと思い続けてくれた少年がいた。
凄いことだと思ったし、たまらなく嬉しかった。


もうボロボロになってしまったけれど、今でもこの恋文を私は持っている。
そしてこれを見るたびに思い出すんです。


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あの梨畑の道と鞭打たれていた犬と荷車と、
そして、
恋と学業を天秤にかけつつ、告白した釣り竿を持った少年の白い顔を…。

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雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞