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さよなら、庚申さん

世間ばなし③
08 /24 2023
湿地帯が広がる原野に、一本の細い道があった。
その道はその先の峠へ向かう道で、人家もなく寂しいところだった。


img20230408_13152066.jpg
「麻機誌」より

ただ一つ、庚申塔が一基、上り坂にかかる手前にポツンと置かれていた。

造立は享保13年
(1728)
今から295年前の村人たちが建てた。


自然石の真ん中に「奉納庚申供養塔」。上部には「日輪」「月輪」。
下部には猿と鶏の文字。その下に「結衆」と刻まれています。

かつてここは、町の人から「異界」と言われていた寒村で、
泥田の中を腰まで浸かって田植えをしていたから、
「こいはち」という病いを発症する者が多かった。

体が腫れるのを「身肥い(みごい)」、手足が腫れるのを「足肥い」
と言った。風土病といっていたが破傷風か何かだったのだろう。

庚申さんは、昭和45年にもまだ同じ場所にありました。

img072.jpg

昭和53年、状況は一変。
時代は住宅ブームとなって、茶畑が削られ湿地帯は埋められて、
建売住宅や団地が林立する新興住宅地になった。

庚申さんの立つ場所も河川改修工事や橋の架け替えが始まり、
庚申さんは引っ越した。


工事が済んで、また元の場所に帰ってきたが、
体は3つに割れてしまったので、工事の人がコンクリートでくっつけた。

町から大勢の家族が引っ越してきたが、
庚申さんに目を留める人はいなかった。

ただそばに立つカラスザンショウの木だけが、そっと寄り添っていた。

夏には大きく枝を張り、その枝に葉っぱをたくさん生やして木陰を作り、
庚申さんをキツイ太陽光線から守っていた。


CIMG3351.jpg

そして冬になると葉を落として、
今度は庚申さんにあたたかいお日様をプレゼントした。

CIMG2909.jpg

木にはたくさんの鋭いトゲが出ていたが、
鳥たちはこの木に止まり、夏には人もまた木陰で一休みして汗をぬぐった。


CIMG3347.jpg

でも庚申さんはボロボロ。
建立から300年近くも立ったんですから、無理もありません。

苔と泥におおわれて、刻まれた文字もほとんど消えて、
ただの石になってしまいました。

それでもがんばっていましたよ。
足元に湯飲み茶碗があったから、誰かがそっと置いたんですね。


庚申塔

しばらく平穏が続きましたが、また、工事が始まりました。

川にかかる橋が古くなったのです。
それに人も車もまた増えて、狭くて仕方がありません。
バスも窮屈そうに右、左に気を付けて通り過ぎます。


無理もありません。
昭和53年の河川工事から、すでに45年も立ったんですから。

そこで道幅を広げて、大きな橋を架けることになりました。


カラスザンショウは引き抜かれました。
庚申さんの行方はわかりません。
どこかのお寺が引き取ってくださったならいいのですが…。

でももう文字も読めなくなって、ただの石になっていたので、
自然に返されたのかもしれません。

更地になった

300年間、ごくろうさまでした。そしてありがとう。

またどこかで会えるかな。
でも一人静かに眠りにつくほうが、庚申さんにとって、一番幸せかも。


と書いた数日後、

工事の方にお聞きしたら、「仮置き場においてあります」との嬉しいお返事。

でも、そのあとこんな質問が…。「庚申さんって何ですか?」
ひとしきり説明したけど、おにいさん、???

「幸せを願って、300年前のこの村の人たちが建てたものです」
と言ったら、なんとなく納得。


20230822_094907.jpg

きれいにしてもらったら、文字がくっきり出てきました。

拡大3

「なんだかわからない石だけど、撤去の時、お祓いをしてもらいました」
の言葉に、私、感動しちゃって。

これから本当の置き場所を探すとのことでした。

庚申さんのお話、ひとまずおしまい。


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コメント

非公開コメント

嬉しいお話しです。

また無慈悲な公共事業で、ご先祖様がこの世、あの世で安楽に過ごせるようにとの思いが込められた庚申塔が失われたのかと思いきや、きちんと保存されるとのこと、嬉しい限りです。
庚申をよくご存じない工事の担当者も、撤去の際にお祓いをしたというお話しも良い話ですね。大切にしなければならないと感じさせる力が庚申塔から発せられていたのでしょう。
この町に暮らす方は、現世、来世で安楽な生活を送れることでしょう。
 路傍学会長拝

No title

雨宮さん こんにちは^^

とてもいいお話でした
移設を判断してくださった方はどなただったのでしょうね
心ある方々が居られ とても心が温かくなりました^^

路傍学会長さんへ

コメントありがとうございます。本当にホッとしました。
きれいになった庚申塔を見て、
あんなにまだ文字がきれいに残っていたんだと驚きました。
300年たっているとは思えませんでした。石ってすごいですね。
「石は黙ってものを言う」といいますが、まさにその通りでした。

私は思うんですが、石塔のことを知らなくてもそこに存在し続けること、
特に生活圏の路傍に置かれていることは、すごくたいせつなことだと。
子供たちが通学や遊びの途中で無意識に見る、それが今回のような
「なんか知らないけど大切なものらしいから、御祓いをして保存」ということにつながるのでは、と。歴史学者などはこうしたほんの小さなことから出発しているのでは、と思います。

10 taさんへ

コメントありがとうございます。
本当によかったです。今後の設置場所は一つ候補にあがっていて、あ、そこなら安心と思いました。また確定したらブログでお知らせしたいと思います。
移設の判断はどなたがしたのかはわかりませんが、工事をされている方々は、こうした石塔などに遭遇する機会が多いので年配の責任者の方が、文化財課などに問い合わせたのかもしれません。
心残りはあの木です。トゲがあるからまだ若い木ですが、うっかり木のことを聞くのを忘れました。

話は変わりますが、10 taさんのブログにザリガニが出てきましたが、息子たちが子供の頃にはこのあたりにもたくさんいました。呼び名も特大のは「ダイマッカ」、次が「マッカチン」、まだ柔らかい子供は「トウフ」と言っていました。

雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞