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医療のシンボル

盃状穴③
06 /16 2023
見れば見るほど不思議な穴、考えるほどわからなくなる、
それが「盃状穴」だと思います。

穴だけならまだしも、溝状の窪みまであるのだからますます混迷。
で、ちょっと推理してみました。

先に古代中国の最高仙女「西王母」を出したのは、
西王母の髪飾り「勝」と、溝状の窪みに何か関連がありそうだぞ、
と思ったからなんです。


でもこれ、例によって全くの思い付きですから、
「なるほどねぇ」と笑って楽しんでください。


古代中国の墓門につけられた「勝」です。(両側にヒレ状のものを付けた円)
「西王母と七夕伝承」の著者・小南一郎氏の結論は「魔除け」
墓門の勝
「西王母と七夕伝承」小南一郎 平凡社 1991よりお借りしました。

死者の家の屋根や墓門に刻まれているそうで、
最高仙女・西王母の本来の「世界の秩序を織り出す」役目に、
宗教的要素が加味されて、
「円」が蓮弁や日輪、月輪になっているものもあるそうです。

で、これを見て、とっさに浮かんだのがこれ。

手水鉢に刻まれた「盃状穴」です。ちょっと似てませんか?

古代エジプトの「有翼円盤」や、
ゾロアスター教の「有翼日輪」にも似ています。

いますぐにでも、大空へ飛び立ちそうです。
お正月のしめ飾りは、この有翼日輪から派生したという説もあります。
越谷香取神社
埼玉県越谷市大沢3-13-38 香取神社。天和二年(1682)奉納

でも「勝」って瑞祥ではなかったっけ? それがなんで墓に?
と思いましたが、


「勝」は「甦り」と邪を退ける「魔除け」の二つを求められたそうですから、
墓門にあってもおかしくはない。

加えて、生命の誕生に不可欠な水盤を持つ手水鉢は、
生と死の境にあって、「命の再生・誕生」を願うものとされてきた。


考古学者の河上邦彦氏によると、
「西王母の絵の下には野合図が描かれていることが多い。
(この野合図、リアルすぎてぶったまげました)
西王母は子供を産むという生産に関わる神と認識されていたのではないか」

「一旦死して再生する」という考えは、現代の祭りや行事にも見られるし、
だから墓に「勝」が刻まれたのも、自然なことだったのかも。

こちらは、
ブログ「へいへいのスタジオ2010」のへいへいさん撮影の手水鉢です。
大間木稲荷
埼玉県さいたま市緑区大間木1914・大間木稲荷神社

船運(見沼通船)で栄えた八丁に鎮座する神社だそうです。

「大間木稲荷神社の力石と手水鉢」

この長ーい溝を見たとき、思ったんです。これは蛇だ!って。

蛇は脱皮を繰り返すことから、昔から再生復活のシンボルで、
永遠の命をもらえるものとされてきた。

だからこれは蛇を象ったものではないか、と。

西王母の髪飾りの「勝」にも、
蛇を模したものがあることを小南氏が著書で紹介していました。


後漢墓画像石「勝図」。
図の中央に軸を通した「玉勝」が刻まれている。
「勝」の上下に玄武と羊。羊は「祥」を表わしているという。

蛇の頭に角が生えています。龍に移行中なのでしょうか。
後漢墓
「西王母と七夕伝承」平凡社 1991よりお借りしました。

蛇は剣としても表現されますが、せんじ詰めれば男根。
民俗事例を見ていると、この「陽物」がいろんなところに出てきます。

神さまになって神輿に担がれるものもありますが、
殿方には気の毒なくらい、笑いの対象にされているものも多い。
男性自身が自虐ネタにしていたり。


で、ふと気が付いたのですが、WHOや救急車のマーク、
あれも蛇なんですよね。


あれは古代ローマで疫病が流行ったとき、
太陽神アポロンの子・アスクレピオスが蛇の姿になって市民を救った
という伝説から「医療のシンボル」として用いられたそうですが、


なんで市民を救済するのに「蛇」なの?って、思うわけです。
だって、瀕死の病人のところにあんなのがニョロニョロ現れたら、
恐怖で絶命しそうじゃないですか。


WHOの紋章
WHO.png

論文「蛇についてー神学的考察ー」の小林謙一氏によると、

「蛇は気味が悪い、陰険、不気味でサタンの化身であると言われる一方で、
そうした力を我が物にしようとして、トーテム(呪物)にされてきた」
という。

考えてみると、宗教ってのもお決まりみたいに、
「地獄と極楽」「サタンと救世主」のセットで人心を惑わせて勧誘してるよな。
サタンの有効利用ってことか。

古代エジプトの王は王冠にコプラをつけ、
その猛毒と強さを我が身と一体化させて民衆を威嚇し、国を統治した。

「邪悪と崇拝という二面性を持つ」ゆえに利用されたわけですが、
蛇にしてみたら勝手に解釈されて、いい迷惑だったかも。

さて、手水鉢のあの溝状の窪みが「蛇」のつもりなら、
あれは陽物で、それに穴が組み合わされれば子宝に結び付くわけで…。


下は、ブログ「路傍学会」の路傍学会長さん撮影の
「盃状穴と溝状窪みを組み合わせた手水鉢」です。

この穴を見て、
「四隅の穴は手水舎の柱を受ける穴」なんて言う学者もいますが、
いくらなんでもそれはないんじゃないですか?
だって、手水舎は手水鉢全体を覆うものだし、
じゃあ、他の場所にある穴は何なのよってことになるし。

路傍学会手水鉢
千葉市長州一丁目・龍蔵神社

会長さんの記事には手水鉢のほかに、
中央区の神明神社や王子神社の見事な力石も掲載されています。


「神社のLanndscape313]

もう一つ余計なことを言えば、
「蛇石」は医学的な力があると信じられて、削って飲んでいたそうですから、
あの溝状の窪みの中には、

遊郭なんぞで遊び呆けた挙句いただいちゃった「梅毒」の治癒祈願に、
男どもが開けたものもあるのでは、などと、勘ぐってしまったのであります。

盃状穴でボコボコになった手水鉢にあった説明板です。
これによると、「石を擦ってできた粉を薬として用いた」とあります。
CIMG1689_2023060918011563f.jpg
静岡市清水区・八幡神社

で、思うんですよ。
もし、病気の平癒祈願にこの石の粉を飲んだのなら、

丸い穴の粉なら妊産婦の体調不良や婦人病の薬として、
長い溝の粉なら殿方の性病の薬として、飲んだんじゃないかって。

石の穴に溜まった水を「いぼ取り」に使っていたことからも、
昔の人は、石には特別な力が宿っていると信じていた。

だから、神社やお堂に木彫りや石造りの陽物を奉納したことと同様、
やがて廃人になっていく恐ろしいこの病いから救われようと、
神聖な手水鉢の「蛇状の窪み」に頼った。

瘡守り稲荷なんていう神社が、各地にありますしね。

ちょっと飛躍しすぎ? でも、

当たらずとも遠からず かも。

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雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞