宮司さん、違ってますよ~
盃状穴②
境内に立派に保存された上戸田氷川神社の力石ですが、
うーん、残念。置き違いがあります。
その一つが「本町東助」の石です。
元の場所にいたころの「本町東助」の刻字石です。(赤丸)

埼玉県戸田市上戸田3‐20‐11 上戸田氷川神社
新たな設置場所がこちら。
右側の石の説明には「本町東助」とありますが、これ、違うんです。

ちなみに、
左の石は「三ノ宮卯之助」の「大盤石」です。
卯之助の「大盤石」は、元はここにありました。(赤丸)

さて、問題の右の石です。
札には「資料⑫ 本町東助」となっていますが、
この石は「代地由五郎」が持った石なんです。
最初の写真の「本町東助石」と比べると、違いがはっきりわかります。
「東助石」はその隣の「資料⑬」と書かれた石なんです。
代地由五郎が持った石、もうひとつご覧ください。
下記のへいへいさんのブログから、写真をお借りしました。
「上戸田氷川神社の力石」">「上戸田氷川神社の力石」
「龜遊石 御蔵前代地 由五郎持之」

「龜遊石」の元の場所はこちら。(赤丸)

そしてもう一つ、説明の札と石があわない箇所がありました。
これには手こずりました。
※斎藤氏やへいへいさんの情報頼みで、うまく把握できなかったのです。
現地へ行かない弱点が露呈しました。
最初斎藤氏から、
「資料⑤」と「資料⑥」の石は逆に置かれていたと知らされたけれど、
写真がなかったので、
へいへいさんが個別に撮影した写真とにらめっこしたのです。
でも、
石と説明はピッタシで、どこも間違ってはいません。
下の写真は、「資料⑤」の「奉納 五拾貫目 上戸田村 八五郎」
斎藤さんに「あってますよー」と伝えても「違ってます」って言うし。??


「資料⑥」も、「奉納 五拾貫目余 上戸田 清次郎」で合っています。
ただし、札の「五十貫目余」の「五十」は間違いで、正しくは「五拾」です。
斎藤氏が言う「石の置き違い」ってなんなのよと、
うんうん唸ってハタと気づきました。
去年の斎藤さんのメールにあったひと言を思い出しました。
確かメールに、「へいへいさん、石の置き違いに気づいて、
ご自分のブログ上では正しい説明に置き換えてある」と。
そういうことだったのか、フーッ
この二カ所の石の置き違いについて、
後日、斎藤氏が町会長さんへお知らせしたとのことなので、
今頃は正しい置き方になっているかと思います。

もともとこの神社では力石を大切に扱ってくれていましたが、
新たにこのような立派な居場所を用意してくださったんです。
こうして手を加えつつ時代を越えて後世に伝えていく、
郷土の歴史が生き続けていくってことなんですよね。
私、思うんですよ。
力石ももちろんですが、
道の角にポツネンと立っているお地蔵さんや青面金剛像や道しるべ、
ほこりを被っていようが欠けていようが、
ああして立っていてくださるだけでも有難いって…。
「肥つき石」です。この石に触ると奇病に罹るとの言い伝えがあります。
針金で作った鳥居を供える風習、今も忘れずに奉納してありました。

静岡市葵区
野の花が添えられていたり、赤いヨダレかけが掛けてあったりすると、
見知らぬ人の温かさや優しさがほの見えて、心が和みます。
そして意識しなくても、そこを通るたびにそれが目に入る。
そういうなにげない日常って、
本当はすごく大事なことなのではないでしょうか。
それは大人になってから気づくことだけれど、
だからこそ思うんです。
人に居場所が必要であるように、石造物にも必要だってね。

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うーん、残念。置き違いがあります。
その一つが「本町東助」の石です。
元の場所にいたころの「本町東助」の刻字石です。(赤丸)

埼玉県戸田市上戸田3‐20‐11 上戸田氷川神社
新たな設置場所がこちら。
右側の石の説明には「本町東助」とありますが、これ、違うんです。

ちなみに、
左の石は「三ノ宮卯之助」の「大盤石」です。
卯之助の「大盤石」は、元はここにありました。(赤丸)

さて、問題の右の石です。
札には「資料⑫ 本町東助」となっていますが、
この石は「代地由五郎」が持った石なんです。
最初の写真の「本町東助石」と比べると、違いがはっきりわかります。
「東助石」はその隣の「資料⑬」と書かれた石なんです。
代地由五郎が持った石、もうひとつご覧ください。
下記のへいへいさんのブログから、写真をお借りしました。
「上戸田氷川神社の力石」">「上戸田氷川神社の力石」
「龜遊石 御蔵前代地 由五郎持之」

「龜遊石」の元の場所はこちら。(赤丸)

そしてもう一つ、説明の札と石があわない箇所がありました。
これには手こずりました。
※斎藤氏やへいへいさんの情報頼みで、うまく把握できなかったのです。
現地へ行かない弱点が露呈しました。
最初斎藤氏から、
「資料⑤」と「資料⑥」の石は逆に置かれていたと知らされたけれど、
写真がなかったので、
へいへいさんが個別に撮影した写真とにらめっこしたのです。
でも、
石と説明はピッタシで、どこも間違ってはいません。
下の写真は、「資料⑤」の「奉納 五拾貫目 上戸田村 八五郎」
斎藤さんに「あってますよー」と伝えても「違ってます」って言うし。??


「資料⑥」も、「奉納 五拾貫目余 上戸田 清次郎」で合っています。
ただし、札の「五十貫目余」の「五十」は間違いで、正しくは「五拾」です。
斎藤氏が言う「石の置き違い」ってなんなのよと、
うんうん唸ってハタと気づきました。
去年の斎藤さんのメールにあったひと言を思い出しました。
確かメールに、「へいへいさん、石の置き違いに気づいて、
ご自分のブログ上では正しい説明に置き換えてある」と。
そういうことだったのか、フーッ
この二カ所の石の置き違いについて、
後日、斎藤氏が町会長さんへお知らせしたとのことなので、
今頃は正しい置き方になっているかと思います。

もともとこの神社では力石を大切に扱ってくれていましたが、
新たにこのような立派な居場所を用意してくださったんです。
こうして手を加えつつ時代を越えて後世に伝えていく、
郷土の歴史が生き続けていくってことなんですよね。
私、思うんですよ。
力石ももちろんですが、
道の角にポツネンと立っているお地蔵さんや青面金剛像や道しるべ、
ほこりを被っていようが欠けていようが、
ああして立っていてくださるだけでも有難いって…。
「肥つき石」です。この石に触ると奇病に罹るとの言い伝えがあります。
針金で作った鳥居を供える風習、今も忘れずに奉納してありました。

静岡市葵区
野の花が添えられていたり、赤いヨダレかけが掛けてあったりすると、
見知らぬ人の温かさや優しさがほの見えて、心が和みます。
そして意識しなくても、そこを通るたびにそれが目に入る。
そういうなにげない日常って、
本当はすごく大事なことなのではないでしょうか。
それは大人になってから気づくことだけれど、
だからこそ思うんです。
人に居場所が必要であるように、石造物にも必要だってね。

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コメント
No title
せっかく整備してくれたのだから、早く見に行かなくちゃと思いながらなかなか出かけていません!(反省!)訂正されているかな?観てきます(笑)
先日、西新井大師の井戸の玉垣に「鬼熊」の文字を見つけて、高島先生にも色々教えていただいたこともあり、昨日、北烏山へ出かけて妙壽寺の墓石と力石、幸龍寺の連城石とみて、こりゃぁついでだぁと浅草寺の熊遊まで足をのばしました!
ブログでも紹介する予定でいますが、ちから姫さんの幸龍寺の記事もその中で紹介させていたこうと思っています。よろしくお願います。(*^^*)
2023-03-12 10:28 torikera URL 編集
torikeraさんへ
ところで、西新井大師の井戸の玉垣に「鬼熊」の名前ですが、これ、初めての発見じゃないかと思うのですが…。ブログでの発表が待ち遠しいです。また、私の紹介もしてくださるなんて、ラッキーです。
なんといっても力石に興味を示してくださり理解してくださる、本当に嬉しいです。今後ともよろしくお願いいたします。
2023-03-12 13:59 雨宮清子(ちから姫) URL 編集
No title
今日の午後、上戸田の氷川神社に行ってきました。
確認したところ、⑫と⑬の石、⑤と⑥の石の位置をそれぞれ入替てくれたようで、解説板の内容と石が一致していましたよ。素晴らしい!!
なお、⑥の表記は「五十」のままでしたが、これは書き換えないといけないので簡単ではないようです。(^▽^;)
西新井大師の「加持水(井戸)」の玉垣に「豊嶋町 力士鬼熊」とあるのを見つけた記事はすでにアップしています。(西新井大師で花より団子)
https://torikera3.blog.fc2.com/blog-entry-3467.html
アップした際に、高島先生にも簡単な質問をさせていたき、間違いなく神田鎌倉河岸の鬼熊でしょう、というお答えをいただいていたののですが、特別なリアクションもなかったので(笑)皆さんご存知の事なのかと思っていました。
(この井戸の鋳造井筒をはじめ上部の木彫装飾付の豪華な屋根を寄進したのも神田の「蝋燭講」でしたので、神田地区の繋がりで鬼熊も名前を連ねたのでしょうね!この辺り、ちから姫さん得意の「調査力」で謎解きしていただけたらいいな!)
まずは、お礼とご報告まで(*^^*)!!
2023-03-12 17:17 torikera URL 編集
torikeraさんへ
解説板と石が一致。torikeraさんも素早いですが、神社さんも迅速で感謝しかありません。世の中、捨てたもんじゃないですね。
ありがとうございました。
西新井大師の記事、私、見ていました。
それなのに玉垣の鬼熊に気づかず、申し訳なかったです。
改めて拙ブログでご紹介させてください。
玉垣の鬼熊の奉納は現役時代か引退して酒屋を開業したときか、わかりませんが、力士鬼熊を名乗っていて、誇りを感じさせますね。
2023-03-12 22:56 雨宮清子(ちから姫) URL 編集