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遅まきながら、「高倉健」③

書籍
01 /22 2023
高倉健はエッセイ「あなたに褒められたくて」の中で、
さらに古い先祖のことに言及していた。

俳優の萬屋錦之助にすすめられて、
「相模湾の藍色が、視界いっぱいに広がって美しい墓地」を買い、
いずれ自分もここに入るつもりで、
江利チエミとの間にできた亡き水子の墓を建てたという。

※しかし高倉没後すぐ壊され、更地にされてしまったそうで…。(;_;)

そこは鎌倉霊園といい、そのそばに宝戒寺という寺があった。

「宝戒寺といえば、僕の遠い先祖が、一族門葉のもの八百余人とともに
自害して果てた寺であることを、数年前、父の生家「小松屋」に残る
古文書を読んでいて知ったことを思い出した」

そこで寺を訪ねて、家系図の一番最初にあった名、
「苅田式部大夫篤時」の名前を言ったら、
ご住職が「あっ」という顔をしたという。


ご住職が出してくれた古い過去帳にもその名が記されていた。

高倉健の先祖は鎌倉幕府執権の北条氏に仕えた武士で、
この宝戒寺は北条氏の館があったところだという。

エッセイによると、

元弘三年(1333)、新田義貞軍の鎌倉攻めで、
先祖の篤時を含め、一族郎党八百余人は自害。


このとき、篤時三十四歳。

篤時の子供は鎌倉から逃げて西へ向かい、岡山を経て山口へ。
そこで大内氏に仕えたが、その後、大内氏が滅亡したため、
今度は七歳、四歳、三歳の子供を伴って北九州へ逃げのびて、
そこに居を構えた。


のちに筑前国黒田藩主から名字帯刀を許されて「小田」姓を名乗り、
両替屋「小松屋」を営んだ。

その何代かのちに出たのが歌人・小田宅子で、その五代あとの子孫が、
俳優・高倉健ということなのだが、いやはや、すごい。

「小説より奇なり」ではなく、「映画よりドラマティック」ではないですか。

高倉はエッセイの中で、「ぼくは普通の人間です」と主張するが、
鎌倉武士や歌人・宅子から受け継いだDNAは確実に高倉の中にあって、
それに高倉自身の個性が練り込まれて、熟成を重ねてきたはずなのだ。


その非常に良質で細やかな遺伝子は、高倉の対人関係にも表れる。

「旅の途中で」(新潮社 2003)には、
ロケ地で知り合った幼い女の子や西表島のダイバーの青年、
若き刀匠との心温まるやり取りが綴られている。


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そしてそこには、相手からのふとした言葉に耳を澄ませて感動する、
そんな高倉健がいる。

滞在中の石垣島では小中校生15名ほどの小さな運動会を見た。
村中総出の運動会で、
じいちゃんばあちゃんが縄をどれだけ長く編めるか競争していた。


それを見ていた高倉は、
「戦後の日本は、金を掛けたものが心がこもっていると思ってきたが、
本当にそうなのか」と、わが身を振り返り、

「それに比べると石垣島の運動会はとっても温かい、熱い」と感動して、
「思わず、一生懸命、手が痛くなるほど叩いていました」と綴る。

「ぼくは無口な男、寡黙な奴と言われるが、
自分ではそんな風に思ったことはない。不器用とか無愛想とか寡黙とか、
映画の役柄からそういうイメージがあるんだと思います」

そしてこんなことも。

少年の日、一番の親友と密航を企てたが叶わず。
親友はのちに検事正となり、国連刑事局議長になったが、
付き合いはずっと続いた。

明治大学の学生の頃は、下宿のワル仲間と遊郭へ行った。
みんな金がないから時計や布団を質にいれて工面した。


そんな青春時代の話も、赤裸々に語る。

「高倉健インタヴューズ」(文・構成 野地秩嘉 プレジデント社 2012)に、
編者によるこんな一文があった。

img20230104_21190563.jpg

「カッコつけない真心がそのまま表れているインタビューがある。
亡くなった元妻の江利チエミについて語ったものだ」

高倉はチエミとの結婚の前年、
生まれて初めて買った新車ベンツに新妻を乗せた。

そしたら途中で、
「下ろして。あなたが走っているところを見たいから」と。

今度は道に立つ新妻の前を行ったり来たり走った。
すると新妻は拍手をする。

「かっこいいよ!」って。

そんな妻を見てこう思ったと、インタビューで答えている。
「可愛いなぁと思いました。この女のためなら、なんでもできるなぁと」

エッセイに「いい人との出会いは人生の宝物」と書いていた高倉健。
その「いい人」と、天国で久々に再会したに違いない。

もしかしたらチエミさん、いたずらっぽく言ったかも。

「あなたの終わり方、ちょっと不器用で無愛想だったわねぇ」

遅まきながらのファンになった私は、そんな思いに駆られた。
そしてこんなことも思った。

高倉健に子供を持たせたかったな。

毎年、先祖の墓参りを欠かさず、何よりも「血」のつながりを重んじたと、
エッセイにも書いているほどだから。

もし子供がいたら、どんなお父さんになったか、
それが映画や人生にどう反映したか見てみたかった、と。


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鍵コメさんへ

コメント、ありがとうございます。
高倉健さんのエッセイ、
最初はゴーストライターが書いたんだろうと思っていましたが、
どうも違うようだ、と。
すごい読書家で毎日日記をつけていたそうで、もともと文才があった、
また本業ではマネージャーを持たないという人任せにできない方と知って、
後世に残るエッセイなんかは特に人任せにはしないだろうと。
ご先祖の宅子さんにもすごく惹かれました。

雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞