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病室に花嫁さん …55

田畑修一郎2
07 /21 2022
「さやこさんは大丈夫だった?」

八重が聞いてきた。

躊躇しつつ、「大丈夫だった」と返事をした。

「良かったね」
黄色味を帯びた顔で、八重が言った。

あれからたった3カ月しか立っていないのに、
病気は患者をどこまで苦しめる気なのか

隣りの病室にいた藤井だって、
あんなに病気と闘っていたのについに負けてしまって…。

八重の送別会の時、
「みんな子宮をなくした者同士だから、ノンウームの会作って
退院したら会いましょうよ」

そう言っていた藤井は、それから間もなくいなくなった。

DSCF2026.jpg

「私、医者に頼んだのよ。通常の倍の抗がん剤、使ってくださいって。
だって生きていたいから。せめて娘の結婚を見届けたいから」

その藤井が、いつの間にか姿を消したことをみんなは気づいていた。

転院したかもしれないし、家へ帰ったのかもしれない。

だが、藤井本人が黙っていなくなったのだからと、
みんなはそれを尊重して沈黙を貫いた。

そして、「ノンウームの会」は夢に終わったことを悟った。

懐かしさといたたまれない気持ちが、ふいに私を突きあげた。

その時、八重が唐突に言った。

「ばあさん、死んじゃったよォー」

「えっ、ハツエさん?」

「うん。でも最期は幸せだったよ」

そう言ったとたん、八重の体がふらりと傾いて、
階段の手すりにもたれかかった。私は慌てて八重を支えた。

背中に腕を回して体を支え、そのままソロソロと階段を下りて、
私たちは階下の長椅子に並んで座った。

DSC01296.jpg

「ばあさんね、最後は個室に入ってサ。
ほら、あそこは最期の人が入るところだって、散々言ってたでしょ。
その本人がそこへ入っちゃったんだよ」

「そうそう、そんなこと、言ってたよね」

「そこへお嫁さんが来たんだから、びっくらこえたよ」

「お嫁さん?」

「息子のお嫁さん。
結婚式に出られないお母さんのために病室で式挙げちゃったんだよ。

もう病院中、大騒ぎよ。
だって文金高島田に打掛着た花嫁さんが、病院にきたんだもの」

「うわ! それはすごい。病院始まって以来のことじゃないの?」
と、私が笑いながら言うと、八重もフフフと思い出し笑いをした。

「そういえばハツエさん、看護師さんつかまえては、
うちの息子の嫁になってくれって、よく言ってたものね」

「そうそう。みんな逃げてたよね。あんな姑じゃたまらないもの。ハハハ」

八重が快活に笑った。一瞬、昔の八重に戻った。

私は自分の診察も忘れて、二人で座り続けた。
八重の話も途切れなかった。

「ばあさんを真ん中にして花嫁と花婿が並んでサ。
みんなで記念撮影してた。

ばあさんったら、真新しいカツラ被って…。
ほら、トレードマークだった市松人形みたいなおかっぱ頭の…。
すっかり少女に戻っちゃってサ。
あんときのばあさんの顔ったら、そりゃもう幸せ全開よ」


DSC06135.jpg

医者も看護師も見守る中での結婚式。

八重は明け放されたドアのすき間から、それを見たのだという。

ハツエさんは気がかりだった息子の結婚をその目で見て、
夫や家族に囲まれて逝ったという。

最高の旅立ちをしたんだ。

「よかった!」
「うん。よかった」

そう言って、私たちはホッと息をついた。

いつの間にか八重の頬にほんのり赤みが差していた。

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雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞