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平和に生きた縄文の人々

富士塚
06 /12 2022
縄文人の技術の高さについては前々回、書きました。

でも、技術ばかりではなかったんです。
考古学者のみなさんは、さらに「精神文化の高さ」をも称賛する。

「1万数千年も戦争がなかった世界というのは、古今東西ここだけ」

「彼らは木々や石一つにも精霊が宿っているとして敬い、
常に自然と共に生きてきた」と。

それに対して、私たちの歴史はたったの2000年余。

その間、戦争ばかりしてきた。
その最前線に少年兵を送った。

生まれてからまだ、15年しかたっていないのに、
大日本帝国のお金持ちや偉い大人たちは、
与謝野晶子がお国のむごさを訴えた歌の通り、
「人を殺して死ねよ」と、子供たちに命じた。

そのほとんどが貧しい家や山村の少年たちだった。

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毎日新聞社 昭和45年

人間は万物の霊長などと勝手に主張し、
文明と称して、自然は征服するものだとして痛めつけてきた。

プラスチックが発明されてからまだ100年しかたっていないのに、
地球上はゴミの山だ。

自ら撒いたそのゴミの中で、アップアップしているのだから、
「なんと愚かなこと」と、縄文人に笑われそう。

「我々日本人には縄文人の遺伝子が残されている」と考古学者は言う。

そうか。だからなのか。

例えば、
ナントカ博のために樹木を伐採する計画があると、反対運動が起きる。

私自身もそうですが、まるで自分の身を切られるみたいに思えて、
なんとか止めて欲しいと願う。


あれは縄文人の遺伝子が叫んでいるってことかも。

下の写真は、樹木のためにフェンスも間を開けて設置した個人宅。
それにしても木の生命力はすさまじい!

これ、
元々この木が立っていたところに道路を作ったんでしょうか。

そうだとしたら、「樹木の逆襲」。無言でジワジワと。

CIMG4242.jpg

私利私欲にばかり突っ走って、争いごとが絶えない現代人は、
これが知的生物かと思うほど、あまりにも大人げない、
とまあ、柄にもなく憤慨してしまいました。

で、私、思うんですよ。

1万数千年も平和に暮らした縄文人の子孫であることを、
日本人はもっと誇ってもいいって。

その穏やかな年月の中で、
縄文の人々が作り続けてきたのが「土偶」です。

「土偶」は、見れば見るほど不思議な像ですよね。
中でも際立つのが豊満な女性(女神)像。

「縄文のビーナス」です。(縄文中期)

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長野県茅野市・棚畑遺跡出土。茅野市尖石縄文考古館所蔵。

私はこうした女神像の突き出たお腹や肉付きのいい腰回りに、
わが身を見る思いがして…。

もうね、どう見ても、
ビ(美)が抜けちゃった「令和のトーナス」ですから、
こっぱずかしくなります。※トーナス(唐茄子)=かぼちゃ

三上徹也氏の「縄文土偶ガイドブック」(新泉社 2014)には、
縄文前期~中期の土偶の一例として、こんな土偶も紹介されています。

「大型板状土偶」(縄文中期)

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青森県青森市・三内丸山遺跡出土。青森県文化庁文化財保護課所蔵

チィと怖い顔をしていますが、
私はこれを見て、とっさに案山子を思い浮かべたのです。

案山子は稲を食害する鳥を脅すだけではなく、
作神であり神の宿る依り代として、田んぼを守っていると言われています。

氏は全く言及されていませんが、
土偶が子孫繁栄と豊作を願う守り神「地母神」であれば、

こういう一本足の案山子状の土偶が作られてもおかしくないと、
そう思ったのですが、みなさんはどう思われますか?

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エジプト神話に出てくる冥界の王・オシリスも一本足。
元は穀物の神で、のちに柱神になった。

殺害されてバラバラになっても復活したというのも、
バラバラにされた縄文の土偶に似ているような…。

それはともかく、田んぼでがんばる案山子さんが、
はるか1万数千年昔の縄文土偶の姿を今に伝えているとしたら、
案山子を見る目も違ってくると思います。


こちらは平安時代の遺跡から発掘された「人面墨書土器」です。

先日、当地の登呂博物館で見てきました。

登呂博物館「誕生 スルガノクニ」のパンフより。
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静岡県三島市・箱根田遺跡出土。三島市教育委員会所蔵。

こうした「人面墨書土器」は、
各地の官衙(国の役所)跡から出てくるそうで、
この箱根田遺跡だけでも12点出土したそうです。


何に使われていたかというと、一つには、
自分に付いてしまった災いや穢れを、
この壺の中に封じ込めて川へ流した
というのです。

この風習は、今もある紙の人形(ヒトガタ)と同じですね。

人の形に切り抜いた紙で、自分の体の悪いところを撫でて川へ流す、
私もやりましたよ。

縄文遺跡から、
片足がとれたりほかの部分が破損した土偶が出て来るそうですが、
これには故意に壊したという説があるとのこと。

有名な青森県つがる市の「亀ケ岡遺跡」出土の「遮光器土偶」
遮光土偶
「世界遺産・北海道・北東北縄文遺跡群アーカイブ」よりお借りしました。

故意に壊したという理由の一つに、
病気やケガの回復を願い、患部にあたる土偶の個所を壊すという
「身代わり説」=「祓いの人形説」があるそうですが、

しかし一方で、
そうした土偶が女性像ばかりなのが不自然だと指摘されているそうです。

「縄文土偶ガイドブック」の著者も、「祓いの人形説」には懐疑的で、
これは、難しい土器作りを成功させるための身代わりの女神ではないのか
と、述べています。

どちらにしても、「身代わり」
でも、「土器づくりの成功のための身代わり」というのは、ちょっと弱い。

「壊して墓地に埋める」という行為には、
もっと強い主張が込められていたと思うし、

オシリスの例にもあるように、「壊して復活する」という思想は、
古代人共通のものだったのではないかと思うんですよ。

この「壊して復活」という縄文の思想があったからこそ、のちに、
顔を描いた壺に災いを封じ込めたり、ヒトガタで身を拭ったりして川に流した風習が派生したのだと、私は思いたい。

こちらは木製の「ヒトガタ」です。奈良時代の官衙跡から出土。
登呂遺跡のパンフより。

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静岡市駿河区中田・ケイセイ遺跡出土

また、森や海の恵みの豊作、豊漁を祈ると同じように、
子宝を得たいという願望はどの時代にも強かった。

その願いも今は医療の分野に移りましたが、
それでも祭りには嫁の尻を叩いて子供を授かる「嫁叩き棒」が登場したり、
神社の二股になった木をまたぐと授かるなどという風習が残っています。

昔、子宝に霊験あらたかな某所で聞き取り調査をしたとき、
古老からこんな話を聞きました。

「子ができない嫁をこの神社で数晩、お籠りさせると、
不思議に子宝が授かると言われておったが、

なぁに、ありゃあ、神主が種付けをしとったんだよ。

わっはっは

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コメント

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No title

遮光器土偶、レプリカを飾ってあります。
土偶はいい顔をしています。
縄文人もいい顔をしていたのではないかと思います。
縄文の血は、里山を愛する血ではないかと思います。
何だか、木がないところは不安です。
僕は東京でも湾岸のような埋立地が苦手です。
坂があって少しでも林がないと住む場所に思えません。
これが縄文から受け継いだものなのかもしれませんね。

たいやきさんへ

遮光器土偶のレプリカ、お持ちでしたか。
私は、東北にハマっている方からのお土産で、遮光器土偶をかたどった
「しゃこちゃん」というお菓子をいただいたきりです。
素人の私があれこれ知ったかぶって言うことではないのですが、
でも縄文ってすごく想像力を掻き立てられる時代だと思いますし、
誰もが想像することを許される世界のような気がします。

考古学者の方って、
縄文の人の心を知るには民俗学や比較人類学の助けを借りなければいけない、
ということをおっしゃる。柔軟性のある分野なんだなあと思いました。
縄文人の復元された顔はなかなかいいお顔ですね。
ただ大和地方だけは縄文とは異質な文化だそうですが、
私は今でもそう感じます。

雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞