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柱を立てる

富士塚
06 /09 2022
縄文人が作った環状木柱列環状列石はみんな集落の真ん中、
つまり住居がそれを囲むような広場に作られているという。

そしてその真ん中に「柱」を立てた。

柱は天と地を結ぶもので、よみがえりを信じて立てたものだという。

その証拠に石柱の下から、屈折した人骨が出てくる。
これを屈葬と言うんだそうですが、

一説には、
この折り曲げた形は母親の胎内にいたときの胎児の姿だそうで、
勾玉はそれを模したものだとも。

再びこの世に生まれ変わるには、胎児にならなければと思ったんでしょうか。

青森県朝日山遺跡のヒスイ製玉類
A200c000042.jpg
「世界遺産・北海道・北東北縄文遺跡群アーカイブ」よりお借りしました。

こちらは私が持っている「勾玉もどき」

右は神社のお守りについていた勾玉。
左はアフリカ土産のライオン?の牙。

勾玉に似ているなあと思ったのですが、似てませんねぇ。牙ですもんね。

img20220604_08201154 (2)

古代の人々はそういう墓地を最も神聖なものとして、
集落のド真ん中に置いた。

のちに仏教が入ってきて、死を穢れとして生者の生活環境から遠ざけたが、
「柱を立てる」という観念は、一万数千年後の今日でも形を変え、
今なお世界中で信奉されているというのだから驚きだ。

縄文の土器や寺社の柱に蛇や龍が絡みついているのは、
「天に登る」と信じられ、「脱皮して生まれ変わる」からだという。

「虹は天の蛇」という認識も各国共通だとも。

「石にやどるもの」の中沢厚氏は、
縄文の立柱から派生した諏訪神社の御柱や民俗の「ダイノコ」などに言及。

一本足の案山子も家の大黒柱も、みんな縄文の「立柱」からきていると。

子孫繁栄と豊作を祈って作る「ダイノコ」です。門口に立てます。
これ、男女2神が仲良く並んだ「双体道祖神」に似ていませんか?

img20220604_08170134 (2)
「山に生きる人々の知恵・大井川最上部の民俗文化」
静岡市無形民俗文化財保存団体連絡協議会 平成25年

ほかにもまだあります。

粥かき棒、嫁祝い棒、ベロベロ神や東北のオシラさまもそうだという。

「オシラさまは縄文時代に遡るかもしれない」と、
「縄文土偶ガイドブック」(新泉社 2014)の著者、
三上徹也氏も言っています。

そして中沢氏は、こう書いています。
「こうした形態の御神木をすべて「富士のおやま」と称していた」

こちらは静岡市日向(ひなた)の「七草祭」で最初に演じる神おろしです。

6人の舞役の真ん中に立てた一本の笹竹に、神(歳徳神)をつける呪術です。

どんな祭りでも、初めは必ずこの「神おろし」から始まります。

神様は岩でも木や竹、建物でも、
先のとんがったものや長いものがお好きなんですね。

img20220604_08085399 (2)
「七草祭」静岡市教育委員会 平成5年

次に神おろしに用いたものも含めた12本の笹竹が登場します。

この祭りを特徴づける「駒んず」の始まりです。

CIMG0662.jpg

舞い手が笹竹をすぼめたり開いたりする中を、
白黒の馬の被り物をつけた少年二人と、
雌雄の山鳥の被り物をつけた少年二人が出たり入ったりします。


「七草祭」の解説によると、山鳥の羽根は蚕の掃きたてに用いるもので、
蚕は馬の化身という伝説にちなんだものとか。

「田遊び」に「養蚕祈願の芸能」が加わった
珍しい民俗芸能だそうです。

動画をご覧ください。



蚕は脱皮新生することから、神が宿るものと尊ばれた。
でも現実には糸をとるために、繭玉ごと茹でられてしまうんですよね。

でも、生きながらえて蛾になっても
交尾ののち産卵したらすぐ命が尽きるという短命の虫なんだそうです。

普段は静かな山村ですが、この日ばかりは賑わいます。
冬の夜の祭りなので、寒いです!

今までも何度もお見せしましたが、もう一度、ここの力石も見てください。

CIMG0651 (2)
静岡市葵区日向・福田寺観音堂

さて、立柱に戻ります。

「古代の立柱祭祀」の植田文雄氏は、もっと踏み込んでこう分析した。

「立柱には以下の3つの系統がある。

① 呪術としての縄文の立柱。
② 制度としての弥生系古墳の立柱。
③ 宗教儀礼としての律令系立柱。

例として、
伊勢神宮の「心の御柱」
諏訪神社の御柱。

天皇の即位の折り。

皇居の正殿の中心に深夜、心の御柱を立て、
「真床覆衾(まとこおふすま)なる秘事が行われるそうですが、
このとき、新しい天皇は「胞衣」に似せたものを被ると言われています。

まさに神話の世界の「新天皇誕生」です。

胞衣(えな)=母の胎内で赤ちゃんを包んでいたもの。

これらはすべて、こんな考えから生まれたそうです。

●巨大な柱を立てる共同作業で一族が強く結びつく。
●天空に近づこうとする原理。
●柱そのものが神。
●神が柱へ降臨する。


こちらは井伊氏ゆかりの井伊谷宮の御神木です。
ご神木
静岡県浜松市北区引佐・井伊谷宮

さて、植田氏はこれらは世界共通で、
イギリス、エジプト、インド、ネパール、中国などの例を挙げていますが、
その中にタイの立柱の事例がありました。

タイでは新しい町を作るときは、
一本の柱を立てて永遠の発展を願ったのだという。


また、王の交代ごとに柱を立て替える立柱祭祀も行われていたそうです。

一例としてタイ・バンコクの「ラク・ムアン」が載っていたので、
早速、タイのPERNさんに問い合わせました。

お返事は速攻で届きました!

タイの観光庁HP掲載の「サーン・ラック・ムアン」です。
2本の柱が立っています。

短い柱は、バンコク遷都の際、ラーマ1世が建立、
長い柱は、ラーマ4世が立てたそうです。


タイ柱神社

詳しい写真と記事は以下でどうぞ。

「サーン・ラック・ムアン(バンコク都の柱神社)」

「主だった県には必ず同じような祠があります。
お寺ではなく神社に近いものです。

その県の礎といったような意味合いもあります。
当然、私が今住んでいますアユタヤでも見られます。

昨年、ブログに少し書いています。
黄金色の柱をご覧ください」
と、PERNさん。

ブログ記事のピラー廟の柱です。

アユタヤ柱

美女二人のドライブツアー。

素敵なお仲間と荘厳なピラー廟。


羨ましい!

以下はブログ記事です。爽やかなタイの風が吹いてくるようです。

「アユタヤ・ドライブツアーEP2
シティー・ピラー廟」


PERNさん、貴重な情報ありがとうございました。

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コメント

非公開コメント

ありがとうございます

おはようございますちから姫さま
わたしのブログをご紹介
ありがとうございます

そして7月
静岡 たのしみにしています
どうかお元気でね

PERNさんへ

こちらこそありがとうございました。
7月、楽しみにしております。

ブログ記事の「固くて噛めないお菓子」、
もう大笑い!
でもこういうことがあるから楽しいですよね。

No title

勾玉って、胎児を模したもの、、、。
今までなんでこんな形をしてるのかが不思議だったんですが
腑に落ちました。

マラどーなさんへ

勾玉ですが、いくつかある解釈の内の一つに過ぎませんが、でも私には一番説得力があるように思いました。
「素人は黙ってろ」という学者さんは多いのですが、かつて旧石器捏造事件というのがありました。一人のアマチュアが事前に石器を埋め、翌日、みんなの前で掘り出して見せるという事件ですが、これ25年間も捏造が続いたんですよね。当初から「おかしい」と訴える学者がいたが、当時、考古学界を牛耳っていた偉い学者たちがそれらを退けた。失意のうちに故郷へ帰った一人が毎日新聞に訴え、撮影班が捏造現場を捉えたことで、大騒ぎになりました。

その後、このアマチュアは精神病院に入れられ、25年間も一緒になって大発見をし続けていた偉い人たちは「自分たちも騙されていた」と被害者顔。九州の奥野正男という大学教授が「一人の個人の事件ではなく周囲の学者の責任の方が重大」として裁判を起こすものの、結局、誰も責任を取らず。
25年間にはこの「大発見」で国の役人に上りつめたり、大学教授になったり、本を書いて膨大な印税を得たのに。私は奥野教授の「神々の汚れた手」を読んで、玄人の学者様にはほとほと幻滅。それで素人でもどんどんいろんなことを思ってもいいんだと思ったんです。
縄文でも1万数千年前のことですから、誰もが真実は知らないわけです。だから私は想像力で楽しんでいます。
なんだか変なコメント返しになってしまい、すみません。

No title

柱とは何なのか、ちょっと考えたことがあります。
屋根を作るためのただの道具だったのか、それとも柱に目的があったのか。
僕は後者のような気がします。
それはかつては柱が必要以上に太かったからです。
屋根のためだけの柱になった時代は、既に柱が細くなっています。

ところで勾玉は美しいことにも意味がある気がします。
なぜ美しい透明感のある石で作ったのでしょうか。
ヒスイ・メノウ、僕は自然の中にあるのに、違和感のある美しさに神秘を感じるのですが、それは昔の人もそう感じたのかなと思ったりします。

たいやきさんへ

あのきれいに曲がった勾玉は、古墳時代の古墳から出土という印象が強いです。
その元になったのではないかと言われているのが縄文時代の牙や骨の勾玉だというのですが、でもヒスイ製の玉も出ていますから、どうなんでしょうか。
卑弥呼が勾玉を首にかけている挿絵を見ましたが、考古学者の本にもシャーマンのものとありますから、特別のモノだったと思います。
石斧でも黒曜石でもとにかく磨かなければならないし、また、磨いたら美しい石に変化するから、そこに神秘的なものを感じたのかもしれないですね。
北海道の遺跡から出た土偶をレントゲンで見たら、足の部分に玉が入っていたそうです。玉に生命を見る縄文人の深淵を覗いたような気がします。

No title

こんばんは。ちから姫さん、ちょっとご無沙汰してしまいました。

先日長野県の富士見でクロスカントリーレースが3年ぶりにあり仲間と参加してきました。

翌日、友人と近くの諏訪の大社を巡りおんばしらや資料館などを見て回りました。

いままでTVや人の話で聞いていた御柱祭でしたが、現地で様々に見聞きしてくるとなるほど人々が熱狂する理由が少し分かったような気がしました。

今回の記事もとても参考になりましたm(__)m

torikeraさんへ

お久しぶりです。
クロスカントリーレースに参加!
凄いですね。
世間がだんだん日常に戻りつつありますね。
なんだかホッとします。

諏訪湖の花火見物には出かけましたが、
諏訪大社、私はまだ行ったことがないんです。
でも、御柱、私も人さまの本から知って、
すごく興味を持ちました。
私もそろそろ外へ出なければ、と思うものの、
引きこもりにすっかり安住してしまいました。

No title

はじめまして。時々覗かせていただいておりますが、いろいろ面白いお話があって、これだけの情報を集めて書かれているバイタリティに尊敬しかありません。
柱のお話は興味深く面白かったです。ヘビや龍が脱皮=生まれ変わりの象徴というのもなるほど!です。
実はずいぶんと昔に、雨宮さんの書かれた記事を読んだことがあって(確かビッグイシューだったと思います)、内容は全然覚えていないのですが、面白かったという印象が残っていてお名前を覚えていました。たまたまこちらのブログに辿り着いて、嬉しかったです。
あまりたいそうなコメントは出来ませんが、これからも覗かせていただきますので、よろしくお願いします。

まーりんさんへ

はじめまして。
ご訪問ありがとうございます。また、コメント、嬉しいです。
長く生きて来て若い方よりたくさんのものを見て来ただけなんです。
でもなんでも面白くて、あれ?と思ったら確かめずにはいられなくて…。

かつて読まれたとのことですが、ビッグイシューとはご縁がなかったので
同姓同名さんかも。私の主なものは、山と渓谷、演劇雑誌、NHKの雑誌、新聞記事、力石関係などでした。でも、たとえ別人でも名前を憶えていてくださったのは光栄です。

いつまで書き続けられるかわかりませんし、時代に合わなくて笑われるかもしれないですが、でも楽しく書いてまいりますので、よろしくお願いいたします。

No title

えっ 同姓同名…?
そんなこともあるでしょうか?
記憶が曖昧なのでもしかすると違う方の文章だったのかもしれませんが、ちから姫さんのブログがとても面白いので、どちらでもいいことにしておきます。
私ももう若くはないのですが、結構すべてをぼんやりと見ながら生きてきたような気がしています。散歩した後で調べ物をして文章を書くようにしていますが、調べるほどにやっぱりぼんやりと見過ごしているものが多すぎて、もう(笑)

まーりんさんへ

私と同姓同名の方って、全国で3人しかいないなんて書いたものもあるし、
ネットには山梨県で短歌をつくっているという方がお一人、出てきます。
あまりいないみたいですね。
雨宮姓でビッグイシューに関係のある方に、雨宮処凛さんがいます。
昔、私が応募した作品が「週刊金曜日」のノンフィクション賞に入った時、
この方もそこに関係していたので、その内容なんかを書いてくださった
とも考えられますが、でもどちらでもいいですね。
時々、文章を盗まれることはありましたが、でも名前までは考えられませんし、
ちょっと不思議なことだけど、世の中には不可解なことがたくさんあるし。
まーりんさんが覚えていてくださったということだけでも、
得しちゃったのですから、私は嬉しいです。


雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞