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いつの間にか「傘寿」㉑

いつの間にか傘寿2
11 /25 2023
新人編集者の私の仕事は主に3つ。

一つは作家さんや画家さんたちを訪問しての原稿の受け渡し。
二つ目は小説の校正作業。
これは初校、再校、三校と3回おこなった。

三つ目は広告の作成です。

デザインの学校を出たわけでもないのに、
いきなり新聞や週刊誌、チラシの広告を作れというのです。
デザインも文章もどの絵柄を使うのかも、私に全部丸投げ


でもやってみると、これが楽しかった。
どういうレイアウトにするか、とか、どのさし絵を持ってこようか、とか。

一番ワクワクしたのは、
ひと目見て、つい買いたくなるようなキャッチコピーを考えるときだった。

当時自分が作った広告を私はまだ持っているんです。スクラップブックで。

たとえばこんなもの。
ハードボイルド作家として一世を風靡した大藪春彦。サンカ小説の三角寛。
「柳生武藝帳」の五味康祐(正しくは示に右の文字)、菊村到の新作など。
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大藪春彦氏の奥様も元・編集者だったから、私はすぐ馴染んだ。
その大藪宅へ伺ったら、台所からご本人が叫んだ。
「ちょっと待ってて。今朝、大きなタコ獲ったんだ。今、茹でてるから」

その日私は茹で上がったばかりの大ダコと編集長への土産のお酒と
私へのチョコレートと原稿を抱えて帰社。
電車の中でタコが匂って、二十歳の乙女は恥ずかしくて、
タコを抱いたまま早く下車駅が来るのを祈っていた。

岩崎栄の「徳川女系図・家重濡れ牡丹の巻」には、
「放蕩将軍・家重の漁色はやまず」、今東光の「愛染時雨」では、
「浮世絵的エロチシズムの極致。二人は青酸カリサイダーを共に飲み下した。
そして双方からにじり寄るとヒシと抱き合った」
などと、人目を引きそうなコピーをルンルンと書いていた。


五味康祐氏、45歳。写真も若い。
「他でもない。柳生は忍びが本体じゃ」「忍び?」
かりそめにも将軍家兵法指南たる柳生家が、下賤の術と蔑まれる忍びとは…。
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そのころ関西の演劇界で活躍されていた花登筐さんが小説を初めて書いて、
この出版社に持ち込んだ。
以後、「フグとメザシの物語」「すててこ大将」など矢継ぎ早に出版。
原稿を渡されるのはいつも喫茶店。優しい人で、このひとときが楽しかった。
「僕、直木賞、欲しいんだ。取れるかなぁ」「取れます。絶対」なんて言って。
でも取れなかった。


花登筐「銭牝」
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「西郷隆盛」の著者・林房雄氏は確か当時、鎌倉に住んでいた。

はるばる訪ねた私を、まるで孫娘が来たとでもいうように
ご夫妻で歓待してくださり、帰りにはそのころ賛否両論で世間を騒がせていた
「大東亜戦争肯定論」のご著書を持たせてくださった。

笹沢佐保氏からは、できたばかりの日生劇場のチケットをいただいた。
「何枚欲しい?」と言うから「2枚」と言ったら、「恋人の分か?」「はい」

当日、会社の女性社員と出かけたら、
近くの席から私を見て、わっはっはと大笑いした。
どんな男が来るか見てやろうと思っていたんでしょう。私はエヘヘと返した。

個人所有の小型飛行機に乗せてくださった方もいて、もう楽しいことばかり。

ところがただ一人、怖い人と遭遇。
大御所・村上元三氏です。

当時この方は「鎮西八郎」シリーズを執筆。
上は「司馬遼太郎選集」の広告。この原稿には編集長の赤が入っています。
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村上氏の所は初めてだったが、いつものように何の憂いもなく出かけた。
ところが玄関へ現れたご本人、仁王立ちしたままいきなり大音声。

「こんな子供を寄越すなんてけしからん!」

帰社して事情を話したら編集長が、
「ただ原稿をいただくだけなのに、なんだ、えらそうに!」と憤慨した。

まあ、私は23歳の時、のちに夫となった彼と入ったパチンコ屋で、
警察官二人に補導されそうになったから、
元三先生には頼りないヒヨッコに見えたのでしょう。

会社の出版内容は、お色気物やお涙ものの柔らかいものから、
「中国の思想」「近代日本の名著」「日本刀全集」などの硬いものと幅広く、
頭の切り替えが忙しかった。


柴田光男氏の名前が入ったふろしきです。
柴田氏は当時の美術刀剣商・刀剣鑑定士。
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当時は「水石」ブームで、編集長と現地へ出かけたりもした。

そのころ、旧参謀本部編纂の「日本の戦史」全11巻が進行中。
私は毎月、監修者の大学教授のお宅へ原稿取りです。

そのうち、先生に気に入られて、「息子と見合いをしてほしい」と。

「拒めば原稿は渡さない」というので、人生初の見合いをしました。
でもねぇ、さすがに結婚はまだ早い。それに仕事も面白くなってきたし、
というわけで断るのに悩みました。


結局、編集長が「まだ二十歳そこそこで、仕事を始めたばかりですから」
と電話して、別の社員が菓子折り持参で謝罪に行ってくれた。

もちろん私は、教授宅へは出入り禁止になりました。
目出度く受け入れていたら、
私は「義父」からマンツーマンで歴史を教えていただけたのに、
ちょっと惜しかった。


色刷りのチラシ。
表は赤色で、
「義経記」「平家物語」「吾妻鏡」の三古典を総編集した「原典 源義経」
こちらは裏で「日本の戦史」。黒一色。定価はそれぞれ570円と580円。
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傘寿になったら、そんな昔のことが映像の如く鮮やかに蘇ってくるんです。

あのとき教授の息子のエリートサラリーマンの妻になったら、
母の念願通り、「上品なお召を着て里帰り」できたかも。
いやいや、あの優しい作家さんと結婚したら楽しい家庭が築けたかも。

長兄の紹介に素直に従い、航空自衛隊の秘書課に勤務して、
素敵なパイロットの奥さんになったら幸せだったかも、なぁんて。

あれから60年。
牛肉100g80円、映画鑑賞1回平均221円の時代に、新書版が300円前後。
映画より高かったが、よく売れた。

今は出版不況と言われ、町から本屋が消えた。

隔世の感あり。

ああ、青春は遠くなりにけり。


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雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞