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目からウロコのかぐや姫

書籍
10 /26 2023
「竹取物語と中将姫伝説」(梅澤恵美子 三一書房)という本を読んだ。
1998年発行だから、今から25年前の本ということになります。


目からウロコでした。

著者はこう語っています。
この物語は、藤原一族に抹殺されたヤマトの豪族たちの末裔が、
おとぎ話に託して藤原氏の悪行を暴き、世に知らしめたものだ、と。


「竹採公園の竹採塚」 ここはかぐや姫伝説発祥の地とか。
右は「富士山かぐや姫ミュージアム」(富士市伝法)で購入した一筆箋。
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静岡県富士市中比奈

私も単なるおとぎ話ではないとは思っていたものの、
それ以上、関心を持たずにきてしまいました。


ただ、かぐや姫誕生の「竹」について、考えたことはあります。

日本の代表的な竹は、「孟宗竹」「真竹」「ハチク」の3種類だそうですが、
かぐや姫誕生の竹はこのうちのどれだったのか、考えたんです。

「竹取物語」の成立は平安前期。
「孟宗竹」が日本にもたらされたのは江戸初期ということですから、
これではない。

三寸(約9cm)というかぐや姫のサイズから考えると、
直径3~10㎝の「ハチク」では小さすぎる。
残る「真竹」は、5~15㎝ということですから、たぶんこれだろうと。

真竹を使った自在鉤
節の輪が二本あります。孟宗竹は1本。
山村の「かあさんの店」にそばを食べに行ったとき、購入したもの。
地元のご老人作製。竹製のうぐいす笛も買いました。
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さらに、姫を見つけた「竹取の翁」の職業が竹細工の職人で、
その材料は「真竹」ということからも、
かぐや姫が入っていた竹は「真竹」に確定できた。

残念ながら私の追及はそこまでだったが、
この本がその続きを見事に明かしてくれたのです。

平安時代、権勢を誇った藤原一族の祖は、中臣(藤原)鎌子(鎌足)。
著者はこの人物は日本人ではなく、
当時日本にいた百済王子の豊璋(ほうしょう)ではないかと。


豊璋の来日は631年。
この14年後の645年、鎌足と中大兄皇子(のちの天智天皇)が、
ヤマトの豪族の一人、蘇我入鹿を誅殺。

この間にヤマトの豪族たちの血を引く天皇や皇子、一族の変死が続いた。


660年、百済は唐と新羅の連合軍に破れて滅亡した。
なのに、その翌年、天皇、中大兄皇子、豊璋たちは、
百済再興軍を率いて九州へ。そこから朝鮮半島を目指した。

2年後、唐と新羅の連合軍にボロ負け。(白村江の戦い)。
これを機に百済人難民がたくさん日本へ流入した。


このとき駿河国から船団を送ったものの、この船はお粗末なもので
日本の何処かの海で沈没したという。


旧東海道沿いの「籠製造所」。30年ほど前に撮影。
籠を編んでいたので写真を撮らせていただいた。
カゴ
静岡県沼津市

最初から勝ち目ゼロの戦いなのに、
なぜこうも「百済」に固執し、肩入れしてきたのか。

それがずっと不思議でしたが、
「時の権力者、鎌足は豊璋と同一人物」と言う説明で納得できた。

この大胆な説、あまり重要視されていないのはどうしてだろう。

鎌足の子の藤原不比等の時代になると、さらに非道になり、
ヤマト豪族たちは殲滅に近い抹殺にあう。

そしてこの不比等が全般にわたって編纂などに関わったのが「日本書紀」。
「歴史書は勝者の歴史」というのは古今東西の通説ですが、
やっぱり不比等さん、いろいろ捏造やら創作やら工作しているみたいです。

東京から静岡の田舎に転居した際、
農家のみなさんが使っている籠に魅せられて購入。
50年後もこの通りきれいです。マグカップと比べるとかなり大きい。
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こうなってくると、
物部氏と蘇我氏の仏教を巡って争った話も眉唾に思えてきます。

著者の梅澤氏は言う。

「ヤマトに最初に王権を築いたのは物部であり出雲。
三輪山の大神神社の大物主神は物部氏の祖・ニギハヤヒと同一で、
日本の皇祖神で太陽神(男神)」

「権力掌握を狙う藤原氏は持統天皇(天智天皇の娘・女帝)と与し、
アマテラス神話の天孫降臨を創作。
これにより、本来の大和朝廷の神・ニギハヤヒは消された」


そうか。太陽神が男神から女神に代わり、
祭祀場所も大神神社から伊勢神宮に変わったのはこういうことだったのかと、
妙に納得した。


竹で編んだ弁当箱
もう半世紀以上立ちますが壊れず美しいままです。これぞ職人技の美。
夏の登山のとき使っていました。冬はメンパ(井川メンパ)
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さて、かぐや姫です。
美しい娘に成長した姫は、都の公達5人から求婚されます。
この5人は藤原一族に滅ぼされたヤマト豪族にとって、
「穢き世にのさばる許せない」実在した人物ばかりだという。


その一人「車持(くらもち)皇子」は藤原不比等のことで、
物語には「心たばかりある人」=二枚舌で奸計を巡らす人物=
と書かれている。


著者はこの本で滅ぼされたヤマト豪族側の「かぐや姫」と、
権勢をほしいままにした藤原氏一族の「中将姫」を対比させています。

中将姫は藤原不比等の孫で、17歳で仏門に入り29歳でこの世を去った。

奈良・當麻寺の国宝、本尊・當麻曼陀羅は、
この姫の手になるものとの伝承があります。

「かぐや姫は藤原氏を呪い、その罪を世に告発し、かたや藤原の娘中将姫は
藤原氏が作り出した罪を背負い、ひたすら神仏にすがって許しを乞うた」

(著者)

知人手作りの竹製品「タオル掛けやのれんに使うといいよ」と。
つるつるした肌触り、美しい色と光沢。自然のものは人にも自然にも優しい。
こういう技術が失われてしまうのは本当に惜しい。
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かぐや姫が奸智に長けた男どもを手玉に取って打ちのめし、
意気揚々と月の世界へ戻っていくのは痛快ですが、

いくら藤原一門の人間とはいえ、
中将姫が一族の男どもの罪を一身に被るってのは、
理不尽というか不憫すぎます。

でも、おとぎ話を使って悪辣な権力者や悪いやつらを告発するって、
案外いいやり方かも。


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雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞