「テムズとともに」を読んで①
書籍
皇室というとはるか遠い、別世界という思いがあって、
皇室のニュースはスルーばかりしてきました。
失礼ながら、世間知らずでわがまま、そんな風にも思っていました。
けれど天皇ご一家のニュースを拝見しているうちに、
ご一家が醸し出す何とも言えない温かさに引き寄せられました。
温かさだけではない。
言葉や表情に現れる重厚な奥行きや幅広さ、
それがごく自然に発せられるところに、私はすっかり魅了されたのです。
「なんて素敵なご一家なんだろう」と。
今年6月、両陛下はインドネシアをご訪問された。
そのとき見せた皇后さまの、周囲を和ませるお心遣いやお茶目な一面、
さらに陛下による記者の囲み取材というサプライズに、
おふたりは本当に豊かな心をお持ちなんだな、と。
それが安心と共感につながりました。
ちょうど「川と人類の文明史」を読んでいたときだったので、
ローレンス・C・スミス 藤崎百合・訳 草思社 2023
そういえば、陛下にも川をテーマにした「テムズとともに」
という著作があったことを思い出し、早速、図書館に申し込んだ。
驚きました。このときすでに申込者が10数人もいたのです。
ようやく手元に届いたのが4か月後。


「テムズとともに」ー英国の二年間ー 徳仁親王著
学習院総務部広報課 平成五年
今年出た復刊本ではなく、30年前に出版された本で、
水濡れ、解説書ナシ、破損、除籍図書というヘロヘロの本。
当時、それだけ皆さんに読まれたということなんですね。
「要回収」の張り紙付きだったから、
私が最後かと思ったら、借り手は私の後に20人ほど出来ていた。
ヘロヘロ、ボロボロになってもなお、読みたいと思うのは、
私と同じように即位後の陛下とご一家に改めて魅了された人が、
それだけ多いということではないでしょうか。
文章のうまさに驚きつつ、一気に読み終えてつくづく思いました。
「ああ、いい本だった」と。

陛下は徳仁親王時代の23歳のとき、イギリスのオックスフォード大学・
マートン・コレッジで2年間過ごされた。
ご自身で「持ち前の好奇心も手伝って」とおっしゃる通り、
徳仁親王さんはみんなに「ヒロ」と呼ばれ、
滞在先の方々や友人たちと積極的に交わっておられた。
ヴィオラでの演奏に映画にオペラ鑑賞、スキーにボートにテニスに登山、
そして何度も出てくるのが恩師や友人たちと入ったパブ。
「ビールの注文の仕方には、
ビターまたはラガーをくださいと言うことを教わった」
「注文するときは勇気がいる。一軒目は大丈夫だったが、
二軒目ではパブのマスターから、
何んだこいつは、という感じの目で見られてしまった」
「誘われて友人の部屋でみんなでコーヒーを飲んだ。
コーヒーの入ったマグを平気で床に置くことも、この時初めて知った」
だが、「ヒロ」さんは素直に受け入れて、どんどん溶け込んでいく。
用意されていた部屋もまた、なかなかの代物で、
「今にも破れそうなカーテンが頼りなげに下がっていて」
「浴室にはシャワーがなく、浴槽に半分ほどお湯をいれるともう出なくなる」
という、
プリンスだから特別に用意したのではない、ありのままの部屋。
「セントラルヒーティングの設備はなく、電熱器が一つあるだけ。
隙間風が入るので窓に目張りをし、電気毛布で寒さをしのいだ」
洗濯もアイロンがけもご自分でされた。
「マートン・コレッジ」 親王殿下の部屋は、左ページの下の写真。
「セント・オーバンス・クオッド 右翼の三階正面が私の部屋」と説明。

「テムズとともに」より
まさかと思うような暮らしぶりだが、相手を敬いつつも特別扱いしないという
イギリス人の精神が垣間見えて、
日本メディアの忖度しすぎる、あるいは風聞や想像で作られた
真実を反映しない報道の異常さが、浮き彫りになるような気がした。
本書の随所に現・上皇ご夫妻への感謝が綴られていたのもよかった。
巻頭に、
「私は本書を、二年間の滞在を可能にしてくれた私の両親に捧げたい。
両親の協力なくしては実現しなかった」と記し、
「両親がアフリカ訪問の帰途、ロンドンに立ち寄ったので
自分が滞在する場所を見てもらうことができた。
私の父は19歳のとき、エリザベス女王の戴冠式に出席。
その際、オックスフォードの学長宅に泊り、桜を植樹した。
31年を経て、大きくなった様子を目の当たりにして嬉しそうであった。
また父が泊ったコレッジの部屋も、
当時とは様子が変わっているようであったが、
懐かしげな父の表情が忘れられない」と、弾んだ筆遣いで記されていた。
そして、次に訪れたブロートン城での晩、
「レディー・セイのヴィオラと母のピアノ、私のヴィオラを交えて合奏をした」
と、なんの気取りもてらいもなく素直にその時の喜びを吐露しておられた。
JR・東静岡駅構内に置かれたストリートピアノ。
私はそこに上皇后さまが座ってピアノを弾いている姿を想像してしまいました。

私がなによりも胸を熱くしたのは、この記述だった。
「私の母は、(イギリスへの)出発前の私にできるだけ食堂へ出ることと、
よい傘を買うことを勧めてくれた。
それは、食事の場こそ、自分の専門外の話や広範な知識を他の学生との
会話を通じて身につけられる得難い重要な機会となる場所だったから」と。
今は上皇后になられたお母様。
「賢母」という言葉がこれほどぴったりくる方はいないのではないか。
子への情愛は身分や学歴とは無縁のものだということを、
この書で気づかされました。
「この母にしてこの子あり」
若き日の美智子妃とその母の教えに耳を傾ける徳仁親王の姿に、
慈愛に満ちた一幅の絵を見る思いがいたしました。
ーーーーー◇ーーーーー
ーー教えてくださいーー
最近、windowsペイントがおかしくなりました。
写真に文字がうまく入りません。
デフォルト文字が「YuGthic UI」で固定されて、
文字、色、サイズの変更ができなくなりました。
8月半ばごろの自動更新でそうなったようですが、
みなさんのところはいかがですか? 対処法があれば教えてください。
難しそうなら「修正を待つ」ほかないかと思っています。
現在は最初にアルファベットで入力して続いて日本語入力、
そのあと最初のアルファベットを削除していますが、文字が薄いのです。

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皇室のニュースはスルーばかりしてきました。
失礼ながら、世間知らずでわがまま、そんな風にも思っていました。
けれど天皇ご一家のニュースを拝見しているうちに、
ご一家が醸し出す何とも言えない温かさに引き寄せられました。
温かさだけではない。
言葉や表情に現れる重厚な奥行きや幅広さ、
それがごく自然に発せられるところに、私はすっかり魅了されたのです。
「なんて素敵なご一家なんだろう」と。
今年6月、両陛下はインドネシアをご訪問された。
そのとき見せた皇后さまの、周囲を和ませるお心遣いやお茶目な一面、
さらに陛下による記者の囲み取材というサプライズに、
おふたりは本当に豊かな心をお持ちなんだな、と。
それが安心と共感につながりました。
ちょうど「川と人類の文明史」を読んでいたときだったので、
ローレンス・C・スミス 藤崎百合・訳 草思社 2023
そういえば、陛下にも川をテーマにした「テムズとともに」
という著作があったことを思い出し、早速、図書館に申し込んだ。
驚きました。このときすでに申込者が10数人もいたのです。
ようやく手元に届いたのが4か月後。


「テムズとともに」ー英国の二年間ー 徳仁親王著
学習院総務部広報課 平成五年
今年出た復刊本ではなく、30年前に出版された本で、
水濡れ、解説書ナシ、破損、除籍図書というヘロヘロの本。
当時、それだけ皆さんに読まれたということなんですね。
「要回収」の張り紙付きだったから、
私が最後かと思ったら、借り手は私の後に20人ほど出来ていた。
ヘロヘロ、ボロボロになってもなお、読みたいと思うのは、
私と同じように即位後の陛下とご一家に改めて魅了された人が、
それだけ多いということではないでしょうか。
文章のうまさに驚きつつ、一気に読み終えてつくづく思いました。
「ああ、いい本だった」と。

陛下は徳仁親王時代の23歳のとき、イギリスのオックスフォード大学・
マートン・コレッジで2年間過ごされた。
ご自身で「持ち前の好奇心も手伝って」とおっしゃる通り、
徳仁親王さんはみんなに「ヒロ」と呼ばれ、
滞在先の方々や友人たちと積極的に交わっておられた。
ヴィオラでの演奏に映画にオペラ鑑賞、スキーにボートにテニスに登山、
そして何度も出てくるのが恩師や友人たちと入ったパブ。
「ビールの注文の仕方には、
ビターまたはラガーをくださいと言うことを教わった」
「注文するときは勇気がいる。一軒目は大丈夫だったが、
二軒目ではパブのマスターから、
何んだこいつは、という感じの目で見られてしまった」
「誘われて友人の部屋でみんなでコーヒーを飲んだ。
コーヒーの入ったマグを平気で床に置くことも、この時初めて知った」
だが、「ヒロ」さんは素直に受け入れて、どんどん溶け込んでいく。
用意されていた部屋もまた、なかなかの代物で、
「今にも破れそうなカーテンが頼りなげに下がっていて」
「浴室にはシャワーがなく、浴槽に半分ほどお湯をいれるともう出なくなる」
という、
プリンスだから特別に用意したのではない、ありのままの部屋。
「セントラルヒーティングの設備はなく、電熱器が一つあるだけ。
隙間風が入るので窓に目張りをし、電気毛布で寒さをしのいだ」
洗濯もアイロンがけもご自分でされた。
「マートン・コレッジ」 親王殿下の部屋は、左ページの下の写真。
「セント・オーバンス・クオッド 右翼の三階正面が私の部屋」と説明。

「テムズとともに」より
まさかと思うような暮らしぶりだが、相手を敬いつつも特別扱いしないという
イギリス人の精神が垣間見えて、
日本メディアの忖度しすぎる、あるいは風聞や想像で作られた
真実を反映しない報道の異常さが、浮き彫りになるような気がした。
本書の随所に現・上皇ご夫妻への感謝が綴られていたのもよかった。
巻頭に、
「私は本書を、二年間の滞在を可能にしてくれた私の両親に捧げたい。
両親の協力なくしては実現しなかった」と記し、
「両親がアフリカ訪問の帰途、ロンドンに立ち寄ったので
自分が滞在する場所を見てもらうことができた。
私の父は19歳のとき、エリザベス女王の戴冠式に出席。
その際、オックスフォードの学長宅に泊り、桜を植樹した。
31年を経て、大きくなった様子を目の当たりにして嬉しそうであった。
また父が泊ったコレッジの部屋も、
当時とは様子が変わっているようであったが、
懐かしげな父の表情が忘れられない」と、弾んだ筆遣いで記されていた。
そして、次に訪れたブロートン城での晩、
「レディー・セイのヴィオラと母のピアノ、私のヴィオラを交えて合奏をした」
と、なんの気取りもてらいもなく素直にその時の喜びを吐露しておられた。
JR・東静岡駅構内に置かれたストリートピアノ。
私はそこに上皇后さまが座ってピアノを弾いている姿を想像してしまいました。

私がなによりも胸を熱くしたのは、この記述だった。
「私の母は、(イギリスへの)出発前の私にできるだけ食堂へ出ることと、
よい傘を買うことを勧めてくれた。
それは、食事の場こそ、自分の専門外の話や広範な知識を他の学生との
会話を通じて身につけられる得難い重要な機会となる場所だったから」と。
今は上皇后になられたお母様。
「賢母」という言葉がこれほどぴったりくる方はいないのではないか。
子への情愛は身分や学歴とは無縁のものだということを、
この書で気づかされました。
「この母にしてこの子あり」
若き日の美智子妃とその母の教えに耳を傾ける徳仁親王の姿に、
慈愛に満ちた一幅の絵を見る思いがいたしました。
ーーーーー◇ーーーーー

最近、windowsペイントがおかしくなりました。
写真に文字がうまく入りません。
デフォルト文字が「YuGthic UI」で固定されて、
文字、色、サイズの変更ができなくなりました。
8月半ばごろの自動更新でそうなったようですが、
みなさんのところはいかがですか? 対処法があれば教えてください。
難しそうなら「修正を待つ」ほかないかと思っています。
現在は最初にアルファベットで入力して続いて日本語入力、
そのあと最初のアルファベットを削除していますが、文字が薄いのです。

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