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トランスジェンダー

世間ばなし③
08 /03 2023
動画「トランスジェンダー 高校生のカミングアウト」を見た。

「LGBTQ」という言葉が世間に知られるようになって久しいけれど、
なかなか理解してもらえないのは、官僚の言葉からもわかる。

でもそういう私自身も、100%受け入れているかと問われれば、
そうではない。

違和感、ビシビシ。生理的に無理だァという思いも、正直ある。

それに、
いろんなタイプがあって、こんがらがるばかりでよくわからない。

「男性、女性はそれぞれの性ホルモンで支配されているのだから、
体だけではなく心もそうだろう」と思ったり、
「胸も生理も女性そのものなのに、心だけ男になるなんてそんなはずはない」
とも思ったり、

「体は女だけれど心は男」という人が、赤ちゃんを産んだりすると、
ますます混乱する。

おっぱいも張るだろうし「母性本能」も湧くだろうし、
いったい、どうなっちゃってんだろう、と。


おとこおんなこおんな

でも、
トランスジェンダーが話題に上るたびに思い出すことがある。

一つは母から聞いた「男女(おとこおんな)」のこんな話です。

「子供の頃、近所に女同士で夫婦のように住んでいた人がいた。
一人は断髪でいつも男の着物を着ていた。
その人は胸にさらしを固く巻いて、おっぱいを隠していた。
みんなは「おとこおんな」と呼んでいた。相手は全く普通の女性だった」

母が生まれたのは大正時代だったし、田舎のことだから、
この二人にとって、想像を絶するつらい生活だったはず。

母は事実を淡々と話しただけで、自分自身の感想は一切しなかった。
時折、こんな風に昔話をしたから、これもその類いだろうと思った。


二人
静岡県浜松市北区引佐町・奥山半蔵坊方広寺

二つ目は中学生の私が目の当たりにした出来事です。

その人は村のバス会社の「バスガール」さん。
当時は車掌さんのことをそう呼んでいて、若い女性の憧れの職業だった。

色白で小柄。華奢な体つきの美人さんで、
つややかな長い黒髪が印象的な人だった。


お出かけらしい姿を駅で見かけたときは、柔らかなスカートを風になびかせ、
ハイヒールを履き、手には素敵なハンドバックという装いで、
どこからみても結婚前の初々しい女性にしか見えなかった。

ところが間もなく、変な噂が飛び交うようになった。
「男になった」、つまり「おとこおんな」に変身したというのです。

村の人たちは「ふたなり」と言っていた。
一人で二つの性を持っている、つまり両性具有という意味だ。


DSC00552.jpg

そのころ村で唯一の雑貨店を開いていた我が家の店先で、
ある晩、騒動が起きた。

そのバスガールがやってきて、
店の商品ケースに血の付いたドスを置いて逃げたのだ。

そのときのいでたちときたら、
胸と腹にさらしを巻き、腕や背中に入れ墨、頭は断髪。

小柄で色白だったから、まるで歌舞伎の子役みたいに見えたが、
本人は肩をいからせて、すっかり男になりきっていた。
それから、今までとは打って変った声で、こう言い残して逃げた。

「人を刺してきた。おばさん、これ、預かってくれ」

すぐに村の駐在さんが来て、大騒ぎになった。


「彼女は隣り町のヤクザの組に入っていて、
この夜、出入りがあって相手の腹を刺して逃げてきた」というのだから、
ぶったまげました。

この夜以来、この人は村からプッツリ姿を消した。


半蔵坊1
同上

世間で「LGBTQ」が話題になると、決まってこの二つの話が脳裏に浮かび、
こんなことを思うのです。

「大正時代からそれはあったんだ。
でもその人は、世間の冷たい仕打ちにもめげず「男」として生きた。

そういう強さを持ち続けたということは、
世間で常識と言っている物差しでは測れない、
自分でもどうすることもできない「別の性」があるということなんだ。


バスガールからヤクザになった人も、苦しみ抜いた結果なんだろう。
極端に走ってしまったけれど、そうするよりほかに
自分に正直に生きる方法が見つからなかったに違いない」と。

この人を受け入れてくれたのはそこだけというのも、
何かを示唆しているようで考えさせられます。

カミングアウトした高校生の動画を見て、改めて思った。

性志向って、こんなにたくさんあったんだ。
自分はいつの間にか、
「最大多数が世間の規格・常識」という考えに縛られていたのかもなぁと。

DSC05459.jpg

そういえば、昔、こんなことがあった。

上司の一人にゲイさんがいて、男性社員の体を触ってくるので、
若い男たちは一緒にエレベーターに乗るのを避けていた。
女の私だけは無事だったが、この人には妻子があった。

世間体のため結婚したそうだが、別に若い男性の恋人もいた。
一度お宅へ伺ったときの寂しげな奥さんの顔と沈んだ暗い部屋の様子に、
私は残酷だなと思った。


先日、音楽館でトイレに入ったら、
顔をすっぽり覆うほど帽子を深く被った中年の男性
(と思った)がいて、
トイレを間違えたかと慌てて飛び出したが確かに女性トイレだった。

あとから続々と女性たちが入って来ても動じなかったが、
何か釈然としなかった。


女装していようがいまいが、痴漢やのぞきとの判別は難しい。
「自分の心は女性だから女性トイレに」と言われても、これは無理だ。


逆に、心は女性なのに体は男性だから男性トイレに、というのも、
当事者にとってはつらいかもと思いつつも、正直、私にはよくわからない。

トランスジェンダーの人は公共のトイレはどちらを利用しているんだろう。

DSCF7342.jpg

私にはわからない苦労やつらいことがいっぱいあるんだろうなと思いつつも、
でも私はこうも思っているんです。

理解できないよ、わからないよと正直に言ったっていいんじゃないのって。
無理してわかったふりをして理解者ぶるなんて、偽善者みたいだし。

もし100%わかってくれと言われたら、シチメンドクセェーとなって、
今度はこっちの苦痛になる。

大事なことは、
自分が理解できないことを頭から拒絶することのないよう、
自分の立ち位置だけが正常だと思い込まないよう、心していることだと。


単純に言えば、こんな感じ。

「お互い、ゆる~く生きようぜ!」

でも当たらず触らずってことになっちゃうかもなぁ。

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雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞