fc2ブログ

笛に合わせて

盃状穴②
05 /17 2023
ではアマテラスさんが織った御衣(おんぞ)を着たのは誰?
ということになるわけですが、


それは当然、今では影がすっかり薄くなった
「タカミムスヒ」の神ということになります。

この神さまは男神で、その神威がもの凄い。

「万物生成のための神」「万物の根元の神」「最高神」
=「アマテラスの誕生」溝口睦子 NHK出版協会 2009=

また、「神や天皇に天上から支持を与える指令神」
という解釈もあります。

タカミムスヒについて、國學院大學の論文も参考になります。
「高御産巣日神」

このタカミムスヒの「ヒ」は「日」、つまり「太陽」を表わしているそうです。
そういえばアマテラスの正式名称も「ヒ」がつく「ヒルメムチ」だった。

日の神が二人も存在するのは凄いけれど、


太陽の光が女のホトをついて受胎したとか、
岩の裂け目が女陰で太陽光線の矢が男根なら、
やっぱり本当の太陽の神さまは「タカミムスヒ」ということになります。


DSC09708.jpg

ということは皇祖神はアマテラスでないことになってしまいます。

このことを某歴史学者が昭和天皇にご進講の折、
「本当の皇祖神はタカミムスヒ」とお伝えしたら、
陛下は「うんうん」と頷かれたそうです。

天皇の伊勢神宮参拝は明治天皇から始まったということですから、
昭和天皇はそのあたりをよくご存じだったのかもしれません。


では歴代の天皇はどこへ行っていたかというと、
「熊野」へ行っていたんだそうです。

そういえばその熊野へ何度も行幸された天皇さんがおられました。
よほど熊野詣でがお好きだったようです。

後白河院の熊野詣で。「紀伊国名所図会」後編後編巻之二。小野事泉・画
熊野御幸図_加納諸平-神野易興-著小野琴泉-画平井五牸堂『紀伊国名所図会-後編二之巻』(国立国会図書館所蔵)「国立国会図書館デジタルコレクション」収録-2048x1273
国立国会図書館デジタルより

で、男神のタカミムスヒと女神アマテラスが入れ替わったと仮定して、
それはいつのことかというと、
古事記、日本書紀が構想され編まれたころだという。


つまり、
天智大王
(おおきみ)(645~671)、天武天皇(672~686)
記紀構想の時代から、次の持統天皇の成立のころだそうです。

やっぱりね!

そしてこの時代こそが、日本の歴史の転換点だったそうで、
まさにNHK風にいえば、「そのとき歴史が動いた」になるみたいです。


この天智、天武のお二人の政治手法はまったく違ったようで、
「天智朝と東アジア」
中村修也 NHK出版協会 2015)によると、

「天智は母・斉明朝の百済救援を引き継いだが、「白村江の戦い」で大敗。
その結果、中国・唐の使者たちに大和を占拠され、
唐の指令によって「近江令」を作った。

そして「壬申の乱」を経て天武の時代になると、
今度は新羅との国交が盛んになった」という。


どうやらそのころの日本は、中国と朝鮮半島のせめぎ合いに連動して、
あっちへついたり、こっちへヘコヘコしていたみたいで、

情けない。

めんぼくない…。
DSC09029.jpg

ここで天武は称号を「大王(おおきみ)から「天皇」に替え、
皇室を至高の存在にするため、
律令の制定や歴史書の編纂事業に乗り出したということですが、

「天孫降臨の夢・藤原不比等のプロジェクト」NHK出版協会 2009
の著者・大山誠一によると、


「天武には政治能力がなかったため国内は混乱が続いたが、
皇后(次期の持統天皇)の主導で政権の安定をはかった。
その持統の背後にいたのが藤原不比等だった」という。


私、知ったかぶって書いていますが、
全部、学者さんたちの本からの受け売りです。
(笑)

もうね、連休中、一生懸命勉強しましたですよ。

大山誠一先生の「天孫降臨の夢」には、
「聖徳太子は実在しなかったのに、実在したと日本書紀に書いた」
「それらすべては、藤原不比等が藤原一族の栄華をもくろみ、
天皇を操るために仕組んだ」
と書かれているし、

「天皇のページェント」T・フジタニ NHK出版協会 1994にも、

「明治の政治家たちは西欧列強に劣らぬ特権的地位を築こうとして、
戦力的動機に基づいた文化政策を推進・実行した」


そのため、かつての藤原不比等のように、

「天皇に神聖な性格を与えて、政治利用した」というのだ。


「第一回帝国議会の開院」明治23年。「帝国議会衆議院銘鑑」旭斎国照・筆
img20230509_11483190.jpg
「かわら版新聞・江戸・明治三百事件」平凡社 1978 浅井収氏蔵

その一例として、
皇室の御用医師だったベルツの書から、こんな一文を紹介している。


「会合に出席した伊藤博文が、
皇太子
(のちの大正天皇)に生れたのが実にまったくの不遇なのだ。

少し大きくなったら、
先生やら顧問やらの笛に合わせて踊らなくてはいけない。
そう言って、あやつり人形の糸を引く真似をした」


私はこれらを読んで、
なんだか皇室のみなさんがお気の毒で仕方がなかった。



    ーーー敷島神社・最新ニュースーー

ブログ「とりけらのアウトドア&ミュージック日記」のtorikeraさんから、

「志木市・敷島神社に
力石が奉納されていたぁ!の巻」


を、お知らせいただきました。
とっても楽しい記事と写真です。見てください!


志木市・敷島神社、盛り上がってます!

にほんブログ村 歴史ブログ 日本の伝統・文化へ
にほんブログ村
スポンサーサイト



雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞