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媚びる …74

田畑修一郎3
11 /12 2022
「田畑修一郎」シリーズの最中に別の記事を挿入するため、
お読みくださっている皆さまは戸惑われたかと…。

書いている私も頭の切り替えがなかなか。
でも、ゴールまであとひと息。がんばります。

   ーーーーー◇ーーーーー

女が女を貶める。

見渡せば、これは今なお身近なところで「当たり前のように」起きている。

職場の年かさの独身女性は、
「尻を触られたぐらいでギャーギャー騒ぐなんて。減るもんでなし」
と若い女性を叱った。

また、新興住宅地で自治会役員を決めるとき、
「上に立つ人はやっぱり殿方でなければ」と主張するのは、
決まって教授や教師という「教育者」の妻たちだった。


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のちに移り住んだ集合住宅ではそんなことは全くなかった。

そこは一年交代で当番が回り、すべてをくじ引きで決めたから、
女性が会長になるのは珍しいことではなかったし、
新興住宅地の所帯数の4倍ものこの大団地をみんな見事に運営していた。

私が離婚したことで執拗に嫌がらせを続けた教授夫人から、
「どこへお引越しですの?」と聞かれて、「団地です」と答えたら、
「あー、あー、低所得者層の住むところですわね」と、
口辺を歪めつつ言われたが、

こいつは「上に立つのはやっぱり殿方でなければ」という
「男に媚びて生きるしかない」女の典型で、「低所得者層」と蔑んだ
団地の女たちの足元にも及ばないヤツだと思った。

市井の女であれ企業内のお局的女性であれ、政治家であれ、
同性として被害女性に寄り添うのではなく、笑いものにしたり貶めたりする人、
つまり、DV加害者に味方する女は、

常に自分自身を男の下、強いて言えば権力のある男の下に置くことで、
身の安泰を図り、男に媚びて世の中を渡っている、
そういうずるい、自立できない女ということではないだろうか。


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「愛を言い訳にする人たち」(山口のり子 梨の木舎 2016)に、
おもしろい問題提起があった。

この本はDV加害男性700人の告白をまとめた貴重な記録で、
そこに、
「ふだん何気なく聞いたり口ずさんだりする歌詞に織り込まれた
メッセージについて、考えたことがありますか?」という問いかけがあった。

少々古いが、例としてこんな歌が挙げられていた。


「言うことをきかない彼女に手を挙げることはカッコいいことだ」
と受け止めた男性たちがいたに違いない歌詞として、

♪聞き分けのない女の顔をひとつふたつ張り倒して 
 背中を向けて煙草をすえば それで何も言うことはない

=沢田研二 カサブランカ・ダンディ

DV促進歌です。
女は支配されるのを待っているというメッセージの歌として、

♪じゃましないから 悪いときはどうぞぶってね
 いつもそばにおいてね あなた好みの女になりたい

=奥村チヨ 恋の奴隷

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暴力をパロディ化することで、
暴力を軽く見る意識を人々に強力に刷り込む例として、

♪君にジュースを買ってあげる 月収10万以下だけど
 ときどき暴力ふるうけど

=グループ魂 君にジュースを買ってあげる

レイプ促進歌として、

♪ベッドに押し倒して腰なんかもんじまえ
 思い切りいやがるけど 照れているだけだから
 バタバタ暴れるのは喜んでいる証拠さ

=爆風スランプ 青春りっしんべん

このほか著者は、以下もあげていた。

♪I will follow you あなたについていきたい
=松田聖子 赤いスイトピー

一見、これが危険なメッセージを含んだ歌詞とは思えなかったが、
「この歌詞を信じて、女は引っ張ってくれる男を待っているんだ。
そうならなくちゃと目指した結果、妻にDVをしてしまった、
と告白した加害者がいた」と著者は本に記している。


そして、こうも書いていた。

「これらの危険なメッセージは、たぶん作詞家自身が持っている価値観
なのでしょうが、作詞家が一般大衆の持つ価値観に迎合して
歌詞に織り込んだものであり、
歌が流行することで人々の間に流布されて強化されます。


歌詞だけではない。漫画や小説、テレビや映画など社会に表出している
あらゆる表現に、そのような作用があるとみるべきでしょう」

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確かに、人は刷り込まれた習慣で行動する。
そして一旦刷り込まれたものはなかなか消すことができない。

そのことはかつて各地にあった若者の組織「若衆組」の
「夜這い」にも見ることができる。

某村の小学校に都会から若い女性教師が赴任してきた。
早速、村の若者数人が教員宿舎へ夜這いをかけた。

驚いた教師の通報で若者たちは逮捕。しかし、彼らは納得がいかない。
「なんでだ! 今まで普通にやってきたことなのに」と。

彼らは時代が変わり、それが犯罪になったことを知らなかったか、
もしくは、
知ってはいたが気持ちの切り替えができなかったか、見くびっていたか。

しかし、それから100年以上たった今も「夜這い」は存在するようで…。

ただ、昔の若い衆にはそれなりのルールがあって制裁も課せられたが、
強制わいせつや強姦で逮捕された現代の男たちは、
犯罪と知りながら「合意の上だった」と自分の正当性を主張するのだから、
より卑劣で悪質だ。

今、「若衆組」の頭がいたら、こう言うかも。

「屁理屈をこねるだけで力石も持てねぇヤツは、女に手を出すんじゃねぇ」

会社内でセクハラに悩む若い女性に、
「尻を触られたぐらいで…」と大声で嘲り、男たちに媚びたお局さま、
言わなければいいのに、「私なら自分から差し出すよ」と。

とっさに周囲の男どもが尻をからげて逃げ出した。


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雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞