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富士山の穴

富士塚
05 /16 2022
富士山には大きく分けて二つの穴があります。

頂上の噴火口と下界の風穴、氷穴と言われる洞窟です。
私は洞窟のどちらにも入りましたが、氷穴は滑って大変でした。

で、噴火口は火の燃えるところで、死の世界。弥勒浄土の世界。
地下にできた洞窟もまた黄泉の国への道

こちらは浜松市の鍾乳洞「竜ヶ岩洞」です。
ここは命の再生というより業者は観光、訪問客は好奇心で。

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下の写真は行者・角行が修行した人穴の奥です。水が溜まっています。

行者・角行が人穴で修行した時、角材を敷いて修行した話が伝わっていますが、
この水ではそうでもしなければ修行が出来なかったのかも。

江戸時代、この人穴へ入った「駿河記」の著者、桑原藤泰は、
こんな感想を残しています。

「奥に入ること二町ばかり。その途中、金仏あり。底は冷水。膝に及ぶゆえ、
二行に材木を敷き、その上を行く」


この本を解説した郷土史家の宮本勉氏の序の言葉がまたいい。

「私にとって桑原藤泰は富士山のようなものである。
それは神々しく高く聳えながらも間近に見え、近づけば近づくほど
気高く畏敬の念を覚える存在である、という意味においてである」

奥に「浅間大神」の碑が立っている。
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「富士山・歴史散歩」遠藤秀男 羽衣出版 平成8年よりお借りしました。

しかし、穴は「命が果てる」ばかりの世界ではない。

山頂の噴火口の穴は「ホト(女陰)」とされ、命の誕生の場所。
地下の穴もまた、「蘇りの場」であって、
ともに新しい命の誕生を迎える「擬死再生」の場でありました。

そして、
それを可能にしたのは「水」なのだと民俗学者の野本寛一先生は言う。

「一度死の世界を体験した後は、再生しなければなりません。
それを可能にするのがです。

聖域に入る時(みそぎ)をするのが一般化していますが、
「古事記」の場合は反対です。
黄泉の国から帰ってきたら、その汚れを清めるために禊をした。

禊には俗(穢)から聖(浄)とその逆の、
死から生へ再生するための浄化があると考えられます」

これを「産湯」と「末期の水」に置き換えると、わかりやすい。

富士登山は夜間が多いのにも理由があります。
ただ暑いからというだけではないのです。

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新しい心に生まれ変わるには、を通り抜ける必要があるからです。
と、偉そうに言っちゃいましたが、これ、全部、他人様の本からの受け売り。

で、その闇(死の世界)から抜け出て山頂にたどり着くころ、
「ご来迎」を拝します。

これは「ご来ではなく、「ご来が正しいそうです。

「自分が太陽を拝むのではなく、
向かい側に仏さまが現れたように自分の影が映る現象、
ブロッケン現象といいますが、それを拝む。

その仏様を迎えることによって幸福感を味わう。
そこで新たな心になって帰っていくのです」(小杉達氏)

「仏を迎える」から、「ご来迎」なのだ、と。

そのブロッケン現象、お見せしようと探しましたが、写真見つからず。
代わりにでご勘弁を。

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北ア・唐沢テント村

おまけです。

富士山直近の山で遭遇したカモシカの骨。

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もう一つ。

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「持って帰ろうかな」と言ったら、同行者に叱られた。

「ダメ。ばい菌だらけで危険だから」

私って軽率だねぇ、バカだねぇってつくづく思ったものでした。

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雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。